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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県岩倉市:大地遺跡コースDAICHI ISEKI

2017年11月探訪。2017年11月6日作成

【コース】 距離:約7.6km
 市西部の田園地帯をめぐります。郷土資料館・史跡公園・自然生態園・遺跡など昔ながらの自然と文化を感じられる名所をめぐっていきます。

≪コース≫ 名鉄・岩倉駅〜岩倉市図書館・郷土資料館〜坂折社〜正起寺〜神明社〜岩倉市史跡公園・大地遺跡〜白髭神社〜向陽寺〜岩倉市自然生態園〜猫島遺跡〜関戸養鶏人工ふ化場〜地蔵寺〜興道寺〜岩倉市役所〜名鉄・岩倉駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:名鉄犬山線・岩倉駅





 今回のスタートは岩倉市の中心である名鉄犬山線の岩倉駅です。特急以下すべての列車が停車し,名鉄名古屋駅から特急で約12分,急行・準急でも約15分で行くことができますのでアクセスは容易です。特急,急行,準急がそれぞれ30分ごとに運転されています。岩倉駅の西側出口に出て,進んでいきます。岩倉駅西口には噴水が整備され,鯉のぼりのタイル絵画もあり,五条川と鯉のぼりの町に来たことを思わせます。
 岩倉駅は大正元年(1912年)に開業し,一時期は一宮方面に向かう一宮線と小牧方面に向かう岩倉支線の分岐するターミナル駅でした。昭和39年(1964年)に岩倉支線が,昭和40年(1965年)に一宮線が相次いで廃止されますが,名古屋方面からの普通列車の半数がこの駅で折り返し,犬山線のこの付近の中心駅にもなっています。

岩倉市図書館・郷土資料室
昭和町2-17 [公式HP(外部リンク)→]



 岩倉駅西口から線路沿いの道を500mほど南下すると右手に岩倉市図書館があります。昭和57年(1982年)に開館し,当初からコンピュータによる蔵書管理を行うなど最新式の設備を取り入れた図書館として知られます。





 図書館の3階には昭和61年(1986年)に増築されてできた郷土資料室があります。常設展示として岩倉の昔ながらの農具や岩倉市内の遺跡で発掘された瓦,土器などを中心に昔ながらの道具が展示されています。このうち,南の大山寺町にある西出古墳出土品,北東にある中本町にある古市場遺跡出土須恵器[ともに市文化]は岩倉市の指定文化財に指定されています。時期によっては企画展も開催されており,昔の暮らしを感じられる展示会なども開催されています。



 岩倉市図書館に隣接して岩倉市民プラザがあり,市民の交流の場になっています。

坂折社
大地町郷内1226



 岩倉市図書館から西へ300m弱進んだ突当りを右折し,続く筋を車に気をつけて横断して左折すると,100m強先の突当りの右手に坂折社があります。大地地区の氏神として古くから鎮座していたといいますが,創建は不詳です。日本武尊が祀られ,祭神から熱田信仰に関わる神社といいますが,社名の坂折の由来も含めて不明といいます。入口の地蔵堂は元々村の北西にあったという浄専寺から北の正起寺に移され,明治末期に現在地に移されたものといいます。

正起寺
大地新町2-64





 坂折社から50mほど進むと左手に正起寺(真宗大谷派)があります。宗重山と号し,天安2年(858年)に開創されたといい,元々は天台宗の寺院だったといいます。嘉禎元年(1235年)頃に親鸞聖人が関東から京都に戻られる際,当時の住職が帰依して真宗に改めたといいます。江戸時代には近所の人々の教育所となったといい,多くの建物が経ちましたが,明治24年(1891年)の濃尾地震で山門を残して倒壊し,本堂などはその後再建されたものといいます。本尊は阿弥陀如来で,元和2年(1616年)の裏書があります。



 境内には小牧出身の昭和初期の陸軍軍人である渡辺錠太郎の墓があります。19歳で母の里であった渡辺家の養子になり,岩倉に移りました。その後,陸軍の教育総監を務めましたが,青年将校らの怒りをかい,昭和11年(1936年)の2・26事件で襲撃されて命を落としました。また大地新町地区の個人宅には丹彩台付壺型土器[市文化]があり,昭和22年(1947年)に五条川の川底から発掘された弥生時代後期の土器で,胴の上半分に特徴的な文様があるといいます。

岩倉市史跡公園(大地遺跡)
大地町野合51



 正起寺の先50mで県道に突き当たったら左折して250mほど進むと「大地町(北)」交差点があります。ここを左折して,続く筋を右折した先に神明社があります。慶長7年(1602年)に清須から中島宮が中本町の神明大一社が移された際に,一時的に仮殿が設けられた場所に当社が設けられたといいます。昭和57年(1982年)に県道の拡張で遷座し,新しい建物になっています。



 神明社の先の十字路を左折すると,右手に大地遺跡[県史跡]の場所に設けられた岩倉市史跡公園があります。大地遺跡は犬山扇状地の先端に位置する弥生時代の遺跡で,この地域の弥生文化を語るうえで重要な遺跡です。昭和26年(1951年)から本格的な発掘が始まり,尾張地方に分布する弥生時代中期の特徴的な壺型土器の存在が確認され,大地式土器として知られるようになりました。その他,縄文晩期〜弥生後期の土器も発見され,この地域の土器の変遷を考える上で貴重な発見になっているといいます。



 遺跡からは横4m,縦7mにおよぶ竪穴式住居の跡が発見され,公園内にはその住居が再現されています。





 また公園内には昭和30年(1955年)に発見されたという鳥居建民家[市文化]が移築保存されています。茅葺の入母屋造りで,柱と梁の組み方が神社の鳥居に似ていることから鳥居建と名づけられています。古くは室町時代からの農家の形式を今に伝える貴重なものといいます。



 また管理棟の近くには今の岩倉小学校の北約100mの地点にあったという旧北廻間道標が移され,「右あざいみち 左一ノみや道 享和2年(1802年)」などと刻まれています。

白髭神社
北島町宮西1350-1



 岩倉市史跡公園から県道25号線を西に900mほど進んだ「北島町宮東」交差点を左折し,100m弱進んだ2本目の筋を右折します。さらに150m強進むと右手に白髭神社があります。創建は不詳ですが,この北島村には白髭社と津島社が長らく併存していたといい,大正元年(1912年)に津島社が白髭社に包括されるようになったといいます。多くの境内末社を持ち,安永6年(1777年)以降の複数の石灯籠が立ち並び,寛政2年(1790年)の石鳥居があるなど古い歴史を感じさせる空間です。

向陽寺
北島町宮西1318





 白髭神社の先の筋を左折し,その次の筋を右折すると,少し先に向陽寺(曹洞宗)があります。金玉山と号し,正眼寺(小牧市)の末寺で,正眼寺13世の天沢和尚の創建といいます。創建年代は文禄元年(1591年),元和元年(1615年)などいくつか説があるといいます。本尊は木造十一面観世音菩薩で,開山堂には聖観音像と地蔵菩薩坐像が安置されているといい,他にも古い石造物などが多数残されているといいます。

岩倉市自然生態園
北島町最中1







 向陽寺の先の筋を右折し,100m強進み県道に突き当たったら右折します。さらに100mほど進んだ分岐路を左奥方向に50mほど進むと岩倉市自然生態園があります。元々この地には津島神社が鎮座し,その鎮守の森がありました。この森の形成には250年以上かかったといい,市内でも昔からの自然が残る貴重な場所になっています。その森をビオトープとして整備し,貴重な固有種を観察する場所として整備したものがこの自然生態園です。園内には小川,湿地などが整備され,鳥が訪れるタワーなども整備され,古くからあった植物類などが植えられています。また,自然を勉強するためのワークハウスが設けられ,春〜夏を中心に色々なワークショップも行われているといいます。

猫島遺跡(尾張一宮PA内)
一宮市千秋町塩尻猫島30



 自然生態園の東側から出て左に進み,300mほど北上すると名神高速道路の高架に突当ります。この手前を右折し,高速道路沿いに200mほど進むと,名神高速の尾張一宮パーキングエリアの下り線の入り口があります。ここからパーキングエリア内に入ると,休憩施設やコンビニ,カフェなどがあります。ウォーキングの休憩施設としても活用しましょう。





 パーキングエリアの西には猫島遺跡の案内板があります。弥生時代中期の紀元前3世紀頃の集落遺跡で,集落を2重の環濠で囲み,西側に共同墓地が設けられるなどし,洪水や敵の攻撃から身を守る土塁の跡も見つかっています。この地方の弥生時代のムラの様子を知るうえで貴重な遺跡といいます。案内板のそばの休憩所は,当時の建物を模した造りになっています。

関戸養鶏人工ふ化場
西市町無量寺13





 尾張一宮PA(下り線)から出て,高速道路沿いを西に200mほど進み,道が大きく左に曲がった先を右折してさらに東へ400m弱進みます。突当りになったら左折し,続く筋を右折して300mほど進み,県道に突き当たったら右手の歩道橋を渡り,さらにその北側の道を東へ150mほど進んで続く筋を左折して50m強進むと右手に関戸養鶏人工ふ化場があります。日本3大地鶏の1つという名古屋コーチンは明治初期の1880年代に旧尾張藩士の海部壮平とその弟の正秀によって開発され,その後改良されて明治38年(1905年)には初めて実用鶏種として認定されました。かつては名古屋コーチンの生産は尾張地方に多く,中でも岩倉は鉄道の便が良かったこともあり,最盛期には110軒を超える養鶏場があったといいます。しかし岩倉のベッドタウン化とともに養鶏場は敬遠されるようになり,卵からヒナを作るふ化場は市内ではここだけになりました。名古屋コーチンは,120〜150日と通常の2〜3倍の時間をかけてじっくりと育て,地面を鶏が自由に歩き回れる平飼いで育てるのが大きな特徴で,手間がかかる分うまみが蓄積された上質な肉になるといいます。ふ化場は普段は公開されていませんが,名古屋コーチンを模した屋根瓦などが印象的です。

地蔵寺
西市町東畑田52



 関戸養鶏から100mほど信号を越えて北上すると右手に地蔵寺(天台宗)があります。弘照山と号し,江戸時代に岩倉村にあった地蔵菩薩を本尊とする寺を,廃仏毀釈で荒廃したため,明治末年に現在地に移して建立されたといいます。昭和初期には天台宗寺院としての格好を整えたといいます。本尊は地蔵菩薩で,山内一豊の母親の念持仏であったという伝説もあるといいます。



 地蔵寺の先の筋を右折し,200mほど進んだ3本目の筋を右折して,少し進んだ左手に興道寺(日蓮正宗)があります。蓮華山と号し,明治10年(1877年)に創設されたといいます。

岩倉市役所
栄町1-66 [公式HP(外部リンク→)]





 興道寺から南下して突当りを左折し,100mほど先の十字路を右折し,さらに県道に突き当たったら左折し,先の「栄町1丁目」交差点を右折します。さらに次の筋を左折して100mほど進むと右手に岩倉市役所があります。平成13年(2001年)完成のまだ真新しい庁舎です。1階には観光情報センターがあり,土曜・休日なども含めて岩倉の観光情報が手に入ります。また2階には市民ギャラリーやレストランもあり,ゆっくりとした時間を過ごすことができます。

ゴール:名鉄犬山線・岩倉駅

 岩倉市役所から南側の道路に出て左折し,その先の突当りを右折して,続く筋を左折するとゴールの岩倉駅があります。名鉄を利用して名鉄名古屋駅まで特急で約12分,急行・準急で約15分です。本数はそれぞれの種別が30分ごとにありますので便利です。
 毎週水曜日と土曜日の13時から16時半まで岩倉駅の東西地下通路では野菜の広場を開いているといい,収穫した野菜を安い値段で提供しているといいます。都合が合えば立ち寄ってもおもしろいでしょう。

写真使用数:31

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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