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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

名古屋市中村区:日比津・大秋コースHIBITSU-Oaki

2015年3月探訪。2015年10月20日作成

【コース】 距離:約6.1km
 栄生駅から庄内川南側の下町の町が続く日比津地区,続いて大秋地区と周辺の社寺をめぐります。古くからの村々の信仰の息遣いが感じられます。

名鉄・栄生駅〜六生社〜菊泉寺〜八幡社〜土江神社〜春日神社〜白山神社〜定徳寺〜妙聴寺〜大円寺〜慈済寺〜(大秋)八幡社〜(松原)八幡社〜覚円寺〜地下鉄・中村区役所駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:名鉄・栄生駅



 今回は名鉄・栄生駅がスタートです。名鉄名古屋駅から1駅2分で,急行も停車します。栄生駅の南側の改札口から出て進んでいきます。栄生駅自体は西区にありますが,名鉄とJRの線路をくぐって西側に出ると,もう中村区になります。

六生社
栄生町23-21





 線路をくぐった先の筋を右に曲がって線路沿いに進み,2つ目の筋を左奥方向に進むと,200m弱で六生社があります。創建は不詳ですが,元々は400m北の清洲への街道の近くにありましたが,野武士がおそうようになって慶長8年(1603年)に当地に遷座したといい,この付近の栄(さこ)村の氏神になったといいます。幼児の守護神,安産の神様と言われ,毎年10月の例祭には沿道に露店も出て大いに賑わうといいます。境内にはムクノキ,タブノキなどの保存樹があり,下町の落ち着いた雰囲気です。

菊泉寺
栄生町24-15





 六生社の前を道なりに曲がり,約100m進んだ次の右に入る筋を進むと,少し先に菊泉寺(曹洞宗)があります。昌音山と号し,元々天正10年(1582年)頃に当時村はずれだったこの北東の現西区に設けられた薬師堂から始まり,寛文6年(1666年)に堂場を村の中に建立して薬師如来を迎えて菊泉寺としたといいます。元禄年中(1688〜1703)に現松坂屋の経営者の家系である伊藤次郎左衛門家により十一面観世音が本尊とされました。明治29年(1891年)に濃尾地震で倒壊したのちに再建されて今に至るといいます。入り口にはひときわ立派な鐘楼があり,「山田荘」の銘の梵鐘があって,山田荘がこの付近まであったことが見られます。

八幡社
栄生町29-6





 菊泉寺から150m進み,突当りを左折して50m強進むと,右手に八幡社があります。元々,今の名古屋城敷地内に当たる今市場に鎮座していたものを,名古屋城築城に際して,普請奉行の佐久間河内守がこの地に移したといい,遷座の際のものと思われる元和2年(1616年)の銘の燈籠が残されています。境内は広くクロマツなどの古木も見られます。

土江(ひじえ)神社
塩池町2-6



 八幡社から戻る方向に100m進み,道なりに左奥方向に100m強進むとやや広い道に出るので,ここを右折して少し進むと,左手の公園の奥に土江神社があります。創建は不詳ですが,古くは国司長官が着任した際に参拝して申告を行ったという由緒ある神社といいます。氏神の少彦名命は,人々のために病を治す方法を定め,特に鳥獣昆虫の災害を払うための方法を定めて,百姓はそれにより恩恵を今に至るまでこうむっている,と伝わっています。

春日神社
新富町2-3-15







 土江神社の右手の道を北西へ約200m進み突当りを左折して,続く筋を右折します。すぐ庄内用水を渡り,新幹線の車両基地への線路の高架下をくぐって約200m進むと右手に春日神社があります。元亀3年(1572年)の創建といい,境内には見事なクスノキが茂っています。このクスノキは夫婦楠と呼ばれ,昔この付近の夫婦が農耕中に雷雨にあい楠に避難したところ,楠に落雷して夫の命を守ったといいます。そこで,屋敷内に楠を植え守り神として代々伝えたところ,幹が途中二枝に分かれて大きくなり,家業も栄えて夫婦運もよくなったと伝わっています。楠は大正13年(1924年)に当社に移植され,以降も縁結びの夫婦楠と呼ぶようになり,今でも縁結びや夫婦円満のお願いに訪れる人が多いといいます。

白山神社
日比津町1-1





 春日神社の手前の交差点を来た方から見て左に曲がり,約100m先の「新富町」交差点で左奥方向に進みます。300m強先に進んだ「日比津小学北」交差点の次の筋を右に入ると,約150mで白山神社に突き当たります。創建は不詳ですが,元禄3年(1690年)の棟札が残っているのでそれ以前の創建と考えられ,この日比津が開墾された際に加賀の白山神社より勧請して,産土神として祀ったのが始まりと伝わっています。古来より歯痛を治すことで親しまれており,参道には多くの木が茂って春には花が見ごろになり,地域の人が散策を楽しんでいるようです。

定徳寺
日比津町1-16-8



 白山神社の参道を南に進んで,参道途中で交差している道路を右折してそのまま約150m進むと,日比津公園に突き当たります。この北西には新幹線の車両基地があり,さらに北西は庄内川の河川敷になります。この付近には鎌倉街道が通っていて,西の大正橋が架橋されるまでは萱津(日比津)の渡しがあって,人々の往来になくてはならないものになっていました。





 日比津公園のところを左折して約150m進むと,右手に定徳寺(日蓮宗)があります。長秋山(ちょうしゅうざん)と号し,延文5年(1360年)に創建され,明徳年間(1390〜94)の頃に諸堂が整えられました。境内に日潤碑があり,これは天保8年(1837年)に身延山久遠寺の第60世貫主となった日潤をしのんだもので,彼は道徳才学兼備で和歌,茶道を愛し,その高徳は四方にきこえたといいます。神仏混交の寺という特徴があり,境内の番神堂には伝教大師作という天照大神の尊像などが安置されており,毎年11月には番神堂大祭が行われています。

妙聴寺
日比津町2-12-8



 定徳寺からさらに南に進みます。寺の南には忠魂碑があり,乃木希典像が建てられています。この付近には,かつて日比津にあった栗山城の跡ではないかと言われています。



 南に150m進み,突当りを右に曲がって,続いて左に曲がり,さらに続く突当りを左に進んで,次の筋を右に進むと約50mで妙聴寺(日蓮宗)があります。日照山と号し,天正4年(1576年)に伊豆国中狩野村(現伊豆市)に創建されたといい,火災により焼失したため,明治33年(1900年)に日比津村の吉田茂左エ門が現在地に移転し,定徳寺などの檀家を信徒に迎えたといいます。

大円寺
日比津町4-2-13





 妙聴寺の先を右に曲がり,続いて突当りを右に,続いて左に曲がると少し先に大円寺(真宗高田派)があります。創建は不詳ですが,往古は専正寺と号する天台宗の寺でしたが,安貞年中(1227〜29)に僧栄寿が再興して伝来寺となり,その後,軍事上の要衝として野尻氏によって日比津城が築かれ,その菩提寺になったといいます。その後,慶安元年(1648年)に真宗高田派となって大信寺と称し,その後,二代尾張藩主光友の生母乾の方の菩提寺である大森寺(現,守山区)と同音であったため,大円寺と改称したといいます。境内には南北朝時代に日比津城主の野尻掃部の墓という宝篋印塔と五輪塔があります。五輪塔には「貞治4年(1365年)」の銘があり,これは石塔に刻まれた年代としては名古屋市内最古のものになります。また宝篋印塔には「応永17年(1410年)」の銘があります。また,境内右奥のクロマツの古木も見どころの一つになっています。

慈済寺
大秋町2-65



 定徳寺か大円寺から戻る方向に進んで突当りを右に曲がると,約200mで広い本陣通に出ます。左に曲がって500m強本陣通りを進むと地下鉄本陣駅に到着します。



 ここから大秋地区に進みます。駅の先の「本陣通3」交差点で右手に曲がり,南に向かう細い一方通行の道に入り,約250m進んだ右手に慈済寺(曹洞宗)があります。大秋山と号し,元は現在の静岡県藤枝市若王子にあって元亀3年(1572年)に開基され,明治42年(1909年)に菊泉寺和尚を現地開山として現在地に移りました。本尊は大日如来で,脇本尊の十一面観世音菩薩は胎毒除けに霊験があるといわれています。

(大秋)八幡社
大秋町2-81





 慈済寺のところの交差点を右折すると,すぐに(大秋)八幡社があります。往古は産土神として本陣駅西の現上ノ宮町に鎮座していましたが,元禄13年(1700年)に大秋城跡の現在地に移されたといいます。境内には大秋城跡があり,天文〜弘治年間(1532〜57)に那古野城主の今川氏豊に属した大秋十郎左衛門の一族の居城で,地名の由来にもなっています。明治頃まで盛んに行われた「大秋の梯子獅子」が有名で,高さ10m程のやぐらに三本の丸太を渡し,獅子頭をかぶった青年が勇壮な曲芸をして悪魔退散,災難除去を願ったといいます。現在行われている梯子獅子としては県無形民俗文化財の豊明市の大脇の梯子獅子が有名で,この大秋の梯子獅子が伝わったものと考えられています。また,境内には近所の若者たちが力比べしたという「力石」があります。

(松原)八幡社
松原町4-79





 次の突当りを右に曲がり,次の交差点を道なりにまっすぐ進むと,少し先に(松原)八幡社があります。以前,この付近は中野高畑村という2つからなる村でしたが,そのうち中野村の氏神に当たります。境内にはイチョウやクスノキの保存樹があり,落ち着いた雰囲気の境内です。明和8年(1771年)の鶴田信吉という人物の石燈籠が残されています。
 

覚円寺
則武本通2-55





 (松原)八幡社の参道を下ってまっすぐ東に進み,100m弱進んだほのか小学校に突き当たるところを右へ,続く交差点を左に進みます。さらに150mほど進んだ「ほのか小学校東」交差点を右折して,約150m進むと,右手に覚円寺(真宗大谷派)があります。則竹山と号し,創建は不詳ですが,明応4年(1497年)に西蔵坊となり,寛永14年(1637年)年に覚円寺になったと考えられています。この付近はかつて中島村と呼ばれていました。





 寺の先の「則武本通2」交差点で環状線を渡って道路の反対側に行くと,(中島)八幡社があります。旧村社で,かつて中島村と呼ばれたこの付近の人々に崇拝されてきました。

ゴール:地下鉄・中村区役所駅





 「則武本通2」交差点からそのまま南に400m強進むと,ゴールの桜通線・中村区役所駅の2番出口に到着します。桜通線で名古屋駅まで1駅2分で行くことができます。駅の手前には,駅名の通り中村区役所があります。中村区の地図や観光マップなどが必要な場合は訪れるといいでしょう。

写真使用数:32

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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