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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

名古屋市中川区:豊治コースTOYOHARU

2015年11月探訪。2015年11月17日作成

【コース】 距離:約6.2km
 富田地区の南部の旧豊治村に当たる富永・かの里・榎津・江松の各地域をめぐります。戸田川や新川沿いや田園の道などをのんびり歩けます。

市バス・富永バス停〜観音堂〜覚昭寺〜即善寺〜戸田川緑地〜照見寺〜三輪社〜神明社〜随縁寺〜市バス・江松バス停


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:市バス・富永バス停



 今回のスタートは,市バスの富永バス停です。地下鉄八田駅・高畑駅から高畑15系統を利用するか,JR春田駅から南陽巡回系統を利用しましょう。本数が1時間に1本なので,バスの時刻は調べておきましょう。

(富永)観音堂
富永2-220



 バス停のある「富永」交差点から南に進みます。50mほど進むと神明社があります。熱田社と白山社,神明社の合殿になっており,文安年間(1444〜49)に合殿にして祀ったといいます。古代の大太鼓,附太鼓などが残されているといいます。



 ここからさらに約100m,3本目の筋を左折すると,(富永)観音堂(真言宗智山派)があります。創建は不詳ですが,再建は元禄2年(1689年)という記録があります。本尊の観世音菩薩は昔,海中にあったものが漁師の網にかかってあがったものといい,弘法大師の作と伝わっていて,8年ごとに開帳が行われています。当時,観音堂の本寺であった蟹江須成の龍照院には,承応3年(1654年)に開帳した記録が掲載されています。元禄年間(1688〜1704)に村所有となり,現在住職はなく地元の人が管理しています。

覚昭寺
富永2-353



 観音堂から50mほど進んだ次の交差点を右折すると,少し先の右手に覚昭寺(真宗本願寺派)があります。はじめは天台宗で,三重県長島にあって城南山覚正寺といいましたが,天正年間(1573〜92)に長島が戦いの舞台になったときに織田信長に追われこの地に移転しました。宝暦8年(1758年)高田派に,安永元年(1772年)に本願寺派に転派しました。その後,昭和22年(1947年)に寺号が許可され覚昭寺となりました。本尊は行基菩薩作という阿弥陀如来で,建物は本尊を残して昭和20年(1945年)に空襲で焼失したので,以降に再建され,現在の本堂は鉄筋コンクリート造になっています。

即善寺
富永2-185



 覚昭寺から北に戻り100mほど進むと右手に即善寺(真宗大谷派)があります。創建は不詳ですが,寛永21年(1644年)に僧空賢によって再建されました。空賢は現大治町西条の光暁寺の末寺の出身で,再建の前年に富永の同行衆の願いでここに住居を構え,感化につとめたといいます。その後延宝7年(1677年)に京都本山より寺号をうけました。昭和20年(1945年)の空襲で全焼し,昭和24年(1949年)に再建されて現在は鉄筋コンクリート造になっています。本尊は阿弥陀仏で,外に聖徳太子の木像も安置しているといいます。

戸田川緑地
富永1 [公式HP(外部リンク)→]









 即善寺から再び戻って交差点を左折して東に約200m進み,突当りを右に進むとやがて戸田川緑地があります。中川区と港区にまたがって戸田川に沿って広がる公園で,市民の憩いの場になっています。この付近は緑地の中央地区になっており,芝生広場や森などがあり,インラインスケート場やおもしろ自転車乗り場もあって休日は家族連れで賑わいます。戸田川沿いに遊歩道も整備されていて,ゆっくり散策するにもいいでしょう。南には農業文化園やとだがわこどもランドなどの設備もあります。こちらは港区のコースで訪れます。

照見寺
かの里1-1810



 戸田川緑地の北側から出て,先の「富永橋西」交差点で横断歩道を渡ったのちに右折します。



 そのまま東に150m,橋を渡って進み,次の筋を左に曲がり400m進んだ突当りを左折し,続いて右折,さらに左折した次の突当りに神明社があります。寛永16年(1639年)に再建されたと記録があり,現在は昭和59年(1984年)に完成した鉄筋コンクリート造りです。



 神明社の右側を進み,さらに突当りを右折すると,右手に照見寺(曹洞宗)があります。明治10年(1878年)の創建といい,元は釈迦堂といわれ,昭和27年(1952年)に現在の寺号となりました。



 照見寺の奥には神明社があります。元和7年(1621年)の再建といい,東の神明社と同じく昭和59年(1984年)に鉄筋コンクリート造りで建てられました。

三輪社
富田町榎津郷中1762



 神明社から出て左に曲がり,約800m東へ「かの里1」の交差点を越えて進みます。この付近は田園地帯が広がり,北には近鉄の高架の線路も見えて見通しのよい風景になります。



 水路に突き当たったら左折し,続いて右折して水路をこえ,その先を左折,右折と続けて直進すると,三輪社があります。名古屋では珍しい奈良県大神(おおみわ)神社を勧請したもので,天和3年(1683年)に再建。さらに天王社が合祀されており,こちらは延宝3年(1675年)の再建といいます。現在のものは昭和57年(1982年)に新築された社殿になります。昔,この地域が榎津村と呼ばれたころから人々に信仰されてきた地域の神社です。
 この北の地点には,養安寺(曹洞宗)がありました。津島今市場の興善寺の隠居寺として元禄年間(1688〜1704)に創建されたもので源義朝の家臣の長田七左衛門が知多郡野間村から当地に移り住み,その後元禄の頃家系が断絶してしまったために,家の守り本尊であった聖観音像と伝来の涅槃画像を寺に譲り渡したといいます。この付近には,長田氏が住んだという榎津城跡が知られており,規模は東西70m,南北90mに及んだといいます。

随縁寺
江松5-1701 [公式HP(外部リンク)→]



 三輪社から進んで新川のたもとに出たら右折し,新川の堤防の道を約350m進みます。左右の分岐に来たら右に進み,すぐに右の歩行者専用道に入って少し進むと,前に神明社があります。社伝によると永正元年(1504年)に伊勢神宮より奉斎し,宝永元年(1704年)に現在地に移されたといいます。平成9年(1997年)に境内が整理され,本殿などが改築されました。



 新川から右に曲がったところに戻り,そのまま新川から直進方向に200m進み,突当りを左に曲がって100m進むと,「江松」交差点に到着します。交差点を渡って左手にはエンターテイメント施設である中川コロナワールドがあります。ボーリングや映画などのほか天然温泉も利用できるので,ウォーキング終了後に利用してもよいでしょう。



 さらに400mほど進むと随縁寺(真宗大谷派)があります。攝化山と号し,承応元年(1652年)に創建され,延宝6年(1678年)に僧恵春が京都より本尊を引き取って再興したといいます。現在の本堂は明治24年(1891年)の濃尾地震で倒壊したのちに明治41年(1908年)に再建されたものです。



 随縁寺の前のT字路を曲がって東に50m強ほど進むと,右手に秋葉社があります。この江住地区で昔から信仰されてきたもので,火防の神として昔からこの付近に住む人々を守ってきました。

ゴール:市バス・江松バス停



 秋葉社から,「江松」交差点まで戻って,交差点のところにある市バスの江松バス停がゴールになります。高畑14系統,高畑15系統,高畑17系統の3系統が利用可能で高畑駅まで行くことができますが,本数はそれぞれ1時間に1本なので,あらかじめ時刻を調べておくといいでしょう。

写真使用数:20

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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