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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

名古屋市港区:百曲街道コースHYAKUMAGARI KAIDO(ROAD)

2015年3月探訪。2015年12月8日作成

【コース】 距離:約7.9km
 中島駅と名古屋競馬場前駅の西側に当たる正保,明徳,当知,小碓の各学区をめぐります。熱田新田の観音と新田の史跡をめぐります。

あおなみ線・中島駅〜正徳町1丁目神明社〜番割観音堂〜小碓神明社〜円覚寺〜明正1丁目神明社〜百曲街道〜当知神明社〜大音寺〜入場神社〜幸福寺〜あおなみ線・名古屋競馬場前駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:あおなみ線・中島駅



 今回のスタートはあおなみ線の中島駅です。名古屋駅から約10分で来ることができます。中島駅の改札口を出てスタートします。

正徳町1丁目神明社
正徳町1-16



 「中島駅南」の横断歩道を渡り,左に曲がってあおなみ線の線路をくぐり,その先を右折して線路沿いを進みます。200mほど進んだ3つ目の筋を左折すると,正徳町1丁目神明社があります。22番割観音から勧請して,五穀豊穣を願って創建され,祭神は天照大神で,江戸期は伊勢より御師が巡回したといいます。正徳町は正保町と明徳町から字をとって地名にしたもので,正保町は正保4年(1647年)にこの付近の熱田新田が開発されたために命名されたものです。
 神明社に隣接して,熱田新田の20番札所の観音堂があります。江戸時代に熱田新田が開発された際に,工事の無事を願って西国33か所巡りにならって33の観音がまつられたもので,現在の熱田区,中川区,港区にまたがっています。毎月第3日曜日(7・8月)に現在でも約11kmの観音めぐりが行われています。何体かの観音がまとめて祀られているケースが多いですが,ここは1体の観音が1つの観音堂に祀られています。熱田新田は干拓は慶安2年(1649年)に完了し,慶安4年(1651年)に検地が行われました。

正徳町2丁目神明社
正徳町2-53


 
 神明社から引き返して西に進み,あおなみ線の線路をくぐってすぐに左に曲がります。200mほど進んだ右手に,正徳町2丁目神明社があります。1丁目の神明社と同じように熱田新田開発の際に氏神として勧請されたものです。



 神明社のところで右折し,100mほど進んだ2本目の筋を右折してさらに100mほど進むと左手に21・22・23番割観音の観音堂があります。堂内には弘法大師像と観世音菩薩がまつられています。

番割観音堂(25番および26・27・28番)
25番割観音:小碓1-156  26・27・28番割観音:小碓1-482



 番割観音のところを左折し,次の筋を左折します。さらに200m進むと正保公園に突き当たります。ここを右折して,その先の突当りを左折し,さらに次の交差点を右折して小碓中橋で荒子川を渡ります。直進して「小碓1」交差点を渡り,さらに100mほど進むと右手に智願寺(真宗大谷派)があります。江戸時代以降,新田開発とともに真宗大谷派の説教所ができ,教えを受ける場所としてだけでなく,交流の場にもなっていたそうです。そういった説教所が寺院になっており,この付近は真宗大谷派の寺院が多いです。



 智願寺の先の交差点を右折して100m強進むと,突当りに25番割観音堂があります。熱田新田開発から新田を見守り続けてきました。



 ここを左折して西に進み,2本目の筋を左折して50mほど進むと,右手に26・27・28番割観音堂があります。昔ながらの新田の風景は一変して,住宅地になってしまっています。堂内にはやはり,弘法大師像と観世音菩薩像が祀られているといいます。

小碓(おうす)神明社
小碓1-440



 観音堂からさらに100mほど南下すると小碓神明社があります。村の氏神として寛文9年(1669年)に勧請したもので,祭神は天照大神です。この地区の小碓の地名は,熱田神宮五祭神の1人の日本武尊の童名から命名されたといいます。境内のクロマツは伊勢湾台風の被害を受けましたが,元々は大樹だったといいます。

円覚寺
小碓3-44





 小碓神明社から進み,次の少し太い道を右折して約200m,「小碓3」の交差点を越えて2本目を左折すると,100m弱で右手に円覚寺(曹洞宗)があります。熱田新田開発から87年経った元文元年(1736年)により開山され,本尊は阿弥陀如来です。山門は総栗材の二脚門で名古屋布袋屋の屋敷門を移築したものといい,地蔵堂には寛政2年(1791年)の銘のある延命地蔵,平成7年(1995年)に境内で出土した小碓地蔵,宝暦12年(1763年)銘の夜泣き地蔵と,安永8年(1779年)の銘の大乗妙典一千部供養塔があります。また星崎で詠まれたという芭蕉の「船足も休む時あり浜の桃」の句碑が立てられています。鐘楼が印象的な建物で,8月15日には平和の鐘もつかれるそうです。この時期は熱田新田も軌道に乗り始めた時期で,熱田新田の野で祀られていた観音にも観音堂が建立されたといいます。



 「小碓3」交差点に戻り,左折して北に進んで2本目を左折すると,右手に小碓町神楽の保存庫があります。寛政年間(1789〜1800)に作られたこの地区でも古い歴史のある神楽で,毎年名古屋まつりの神楽揃えにも参加しています。また,その左側には看板はありませんが24番割観音の観音堂があります。



 さらに50mほど進んだ左手には小碓中央公園があります。この地域で一番大きい公園で,野球場も整備されています。ウォーキングの休憩ポイントとして適しています。

明正町1丁目神明社
明正1-98



 小碓中央公園からさらに200mほど進むと広い通りに突当り,ここを右折して100m弱進んだ「明正1」交差点を右折して細い筋に入ります。ここを200m弱進むと,百曲街道と29〜33番割観音の案内板があります。番割観音は西国三十三か所観音めぐりの各霊場を模していて,ここでは29番の青葉山松尾寺から33番の谷汲山華厳寺の影響を受けているといいます。



 ここを左折して,少し進んだ先の右手に明正町1丁目神明社があります。村の氏神として安永8年(1779年)に伊勢より勧請したといい,市指定保存樹のアキニレと2本のクロガネモチが生えています。中でもアキニレは伊勢湾台風で被害を受けたものの市内有数の巨木として知られています。ここの地名の明徳橋と正徳橋の頭文字から命名された昭和53年(1978年)からの新しい地名です。

百曲街道



 百曲街道の案内板まで戻って左折し,百曲街道を西に進みます。百曲街道は慶安2年(1649年)に熱田新田が開発された際に,その北側に自然にできた道で,ぐねぐねと曲がっていることからこの名前がつきました。街道は中川区の尾頭橋から続いていましたが,この付近は昔ながらのぐねぐねと曲がる街道の面影を色濃く残している場所になります。ここは中川区との境界に当たり,左が港区明正,右が中川区東起町になります。

妙光寺
明正1-110



 百曲街道を50mほど進んだ左手に妙光寺(日蓮宗)があります。嘉永2年(1849年)に東起庵として創建され,もとは北の中川区東起町にあって「宝塔様」と呼ばれていましたが,その後現在地に移って妙見堂と改め,昭和16年(1941年)に現在の寺号に改められました。

当知神明社
当知3-408



 妙光寺から200mほど道なりに百曲街道を進み,2本目の南向きの筋を左折します。そのまま約300m進むと「明徳橋東」交差点に着くので横断歩道を渡ったのちに左折し,300m強進んだ水路の越えた先の筋を右折して100m進むと,左手に当知神明社があります。この地区の当知新田(甚兵衛新田)干拓の際に伊勢から勧請したといわれ,当初は庄内川の堤防下にありましたが,区画整理で昭和52年(1977年)頃現在地に移転しました。当知地区の神楽が保管されており,弘化4年(1847年)の銘のある古いもので,当初は白木作りでしたが,明治20年(1887年)頃の修理で金箔がつけられたといわれています。平成25年(2013年)に当知天神社が合祀されました。この当知という地名は,この地を開発した豪農の西川甚兵衛が熱心な浄土真宗の信者で,経典の「汝自当知(にょうじとうち)」から名付けられたといわれています。

大音寺
当知3-101



 当知神明社から出て左に行って東に進み,突当りを左へ,さらに次の交差点を右へ,先の広い道を左に進むと,100m弱進んだ「当知3」の交差点付近に大音寺(真宗大谷派)があります。もと熱田の地にあって天文年間(1532〜55)に曹洞宗(または臨済宗)妙音院といいましたが,享和2年(1802年)に堂宇が焼失したため,当知新田の西川宗春が現在地に移し,西川家の菩提寺として嘉永元年(1848年)に堂宇を新築し,大音寺と改宗して真宗に転宗しました。昭和20年(1945年)の戦災で堂宇が焼失したため,昭和29年(1954年)に再建されました。本尊は室町時代の作といわれる阿弥陀如来です。

幸福寺
土古町4-23



 「当知3」交差点から東に進んで800m進んだ右手の入場神社があります。この入場という地名は,この先の荒子川に杁場が多かったことからついたといいます。秋葉神社が合祀され,樹高14mの保存樹のイチョウが印象的です。



 荒子川を渡った次の筋を右に曲がり,次の筋を左に曲がったところに八剱社があります。樹高20mに及ぶ保存樹のムクノキが立っています。



 さらに次の筋を右に進んで200m弱進んだ次の信号を左折します。そのまま東へ50mほど進むと,左手に幸福寺(真宗大谷派)があります。智光山と号し,昭和42年(1967年)に河村ハギによる開基といいます。夢のお告げにしたがって,愛知育児院(当時は有松町,現在は天白区八事)のものだったという阿弥陀仏をまつって建てられたといいます。

ゴール:あおなみ線・名古屋競馬場前駅

 幸福寺から200m弱進むと,あおなみ線の高架が見えてきますので,高架の手前の信号を左折します。ここから線路沿いに約200m進むと,ゴールの名古屋競馬場前駅に到着します。ここから名古屋駅まで12分で戻ることができます。

写真使用数:18

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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