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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

名古屋市熱田区:熱田神宮コースATSUTA SHRINE

2015年2月探訪。2015年10月1日作成

【コース】 距離:約2.4km
 神宮前駅から熱田神宮の境内の自然と文化財をめぐります。その後,神宮の南側の神宮地区の円通寺などの寺院をめぐっていきます。

名鉄・神宮前駅〜熱田神宮(〜本宮〜清水社〜龍影閣〜文化殿〜又兵衛〜八剣宮〜上知我麻神社〜)〜蔵福寺〜海国寺〜円通寺〜地下鉄・伝馬町駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:名鉄・神宮前駅



 今回のスタート駅は,名鉄の神宮前です。金山から1駅約3分,名鉄名古屋駅から約7〜10分です。ターミナル駅になので,特急や急行などすべての列車が停車します。ドニチエコきっぷなど市交通局の乗車券は使えません。神宮前駅の西側の熱田神宮方面から出てスタートします。

熱田神宮
神宮1-1-1 [公式HP(外部リンク)→]





 神宮前駅の前の道路をはさんで反対側に熱田神宮があります。歩道橋を渡って少し左に進むと東側から中に入ることができます。中に入ると,「熱田の杜」と呼ばれる昔ながらの社叢が広がり,荘厳な雰囲気に包まれます。熱田神宮は,三種の神器の一つである草薙の剣(熱田大神)を祭神とし,伝説によると景行天皇の時代に日本武尊(にほんたけるのみこと)が伝説の草薙の剣をこの地に留め置いたまま,伊勢国能褒野で亡くなった際,妃の宮簀媛命(みやずのひめみこと)がこの神剣を熱田に祀ったのが始まりとされ,以降,名古屋で最も格式高い神社として厚い崇敬を集め,国家鎮護の神宮として特別の扱いを受ける一方,民衆から「熱田さん」「宮」と呼ばれて親しまれてきました。東側から入って右手に進んだところには,結婚式や会合などで利用される熱田神宮会館があります。
 熱田神宮は太平洋戦争で大きな被害を受けたため,戦災前から残っている建物は多くはありませんが,見どころは多いです。また,熱田神宮の境内には別宮,摂社,末社が多数鎮座しているため,じっくりと時間をかけて建物を見ていきたいものです。

信長塀



 西に進んだ右手にまず見えるのは大幸田(おおさきだ)神社です。五穀豊穣の神様で,一説には福の神を祀っているという信仰があります。その南には医薬の神様である内天神社があり,榊の神木の近くに社殿が鎮座しています。



 神宮の中央の参道に出たら右に曲がって本宮を目指します。曲がってすぐのところに立っているのが信長塀です。永禄3年(1560年),織田信長が桶狭間の戦いの前に熱田神宮に戦勝祈願し,見事勝利したために奉納したという塀で,日本三大土塀の1つとして有名です。かつてこの付近には海蔵門があり,弘法大師筆の額がかかげられ,織田信長が元亀2年(1571年)に改築した豪壮な門でしたが,戦災で焼失しました。



 塀の中に入ったところには西楽所があります。貞享3年(1686年)に徳川綱吉が再建したもので,5月1日に舞楽神事が行われ,ここで奏楽しました。元々は向かい合って東楽所(右楽所)が設けられていました。



 西楽所の北には,ならずの梅という梅の古木があります。江戸時代の古図にも描かれた古木で,花は咲くのに実はならないという伝説からこの名前がつきました。

本宮



 ここから授与所の南を通って左に進んでいくと,本宮があります。主神である熱田大神を祀っており,多くの人が参拝に訪れます。明治26年(1893年)までは尾張造という独自の形式の社殿でしたが,後は三種の神器を祀ることから伊勢神宮と同様の社殿配置と神明造に改造されました。昭和20年(1945年)に戦災を受けたため,昭和30年に造り替えられ,現在の建物は創始1900年を期に建て替えられた平成25年竣工の新しい建物になっています。

清水社



 戻って,神楽殿の東側の細い路地に入ると,こころの小径と呼ばれる落ち着いた雰囲気の道が続きます。この先には4つの神社がおまつりされています。奥にあるのが清水社で,社殿の奥に水が湧いており,水の神様がまつられています。水で目を洗えば目がよくなり,肌を洗えば肌がきれいになるという信仰があります。



 戻って左手には五穀豊穣の神が祀られている御田神社があり,毎年6月18日に御田植祭が行われます。



 続いて右手の階段を上がった神楽殿の裏には土用殿があります。永正14年(1517年)将軍足利義稙の造営といい,元は草薙の剣が奉安されていました。現在のものは昭和46年(1971年)に復元されたものです。


 階段を上る前に戻って先に進んだ左手には龍神社があります。日本武尊が景行天皇から東征を遣わされた際にそれに従ったとされる神々が祀られています。

龍影閣・又兵衛



 戻って,信長塀から南に進んでいくと,神宮に入った地点から先の左手に六末社があります。日本武尊や尾張国造に関連した6つの社です。



 この先を右に進み,手水舎の右の先には,弘法大師の手植えとも伝わる樹齢1000年のクスノキの大木があります。



 その奥に行くと龍影閣[国登録]があります。明治11年(1878年),名古屋博物館の品評所として中区大須に建設され,明治天皇が天覧された際に休憩場所として2階が使われました。昭和7年(1932年)に西区庄内公園に移されましたが,その後,昭和43年(1968年)の明治維新100年を期にここに移されました。木造2階建ての瓦葺きで,現在は1階が錬成道場になっています。拝観は問い合わせになります。



 南に戻って手水舎の先の鳥居に進み,鳥居を出たら右に曲がって西門の方に進みます。ここの右手には木に隠れていますが,又兵衛[国登録]と茶室があります。合掌造りの原型ともいわれる江戸時代初期の建物で,元は岐阜県古川町(現飛騨市)の坂上家の住宅地でしたが,昭和11年(1936年)に川名山町に茶室として移され,昭和32年(1957年)に現地に移されました。現在も茶室として利用され,毎月15日(8月除く)の月次の茶会をはじめ,多くのイベントで利用されています。



 その先,さらに西門の方に進むと右手には菅原社があります。学問の神様の菅原道真が祀られており,この北の下知我麻神社の石を戴いて帰り,願いがかなうと倍の大きさの石を菅原社に奉納するという風習が伝わっています。

文化殿(宝物館) [一部有料施設]



 戻って東に進んでいくと,校倉造風の特徴的な建物の文化殿があります。この1階には宝物館があり,皇室や室町・江戸の将軍,その他様々な人々から奉納された宝物などおよそ4000点余りが収蔵されています。宝物は絵画・彫刻・工芸・書跡など多岐にわたりますが,特に刀剣類が多く,短刀来国俊[国宝]をはじめ,古神宝類・木造舞楽面(12面)・「日本書紀」熱田本など90点余りの重要文化財,さらに80点余りの県文化財があります。これらの宝物は宝物館の常設展示や展示替えをするテーマ展示などで一般公開されています。

佐久間燈籠



 メインの参道に戻り,南に進むと,東参道と交差した先の東西に大きな佐久間燈籠があります。寛永7年(1630年),御器所城主の佐久間勝之が台風にあったさいに熱田神宮に祈り,そのことで事なきを得たことから寄進した燈籠と言われ,高さが約8m,形も六角形で江戸時代から日本三大燈籠の1つとして知られ,東洋一の燈籠とも言われています。



 その先を右手に進むと,宮きしめんなどが味わえる清め茶屋の南には,南神池があります。その南には名古屋最古の石橋といわれる二十五丁橋があります。板石が25枚並んでいるところからこの名がついており,西行法師がここで休んだと伝わっています。尾張名所図会や名古屋甚句で名高く,昔ながらの優雅さを出しています。



 メイン参道をさらに進むと,左手に天照大神の和魂(にぎみたま)を祭神とする徹社(とおすのやしろ)があり,さらに進むと左手に楠御前社があります。安産の神として知られています。



 ここから社の前を通って続く交差点を左に進むと,清雪門(せいせつもん)があります。もともとは本宮の北門と言われ,俗に開かずの門といい,天智天皇7年(668年)に新羅の僧が神剣を盗んでこの門を通ったことから不吉な門とされたとも,剣が還ってきた際に門を閉ざして再び還ることがないようにしたとも伝えられています。剣が還ってきた祝いの「おほほ神事」が毎年5月4日に暗闇の中行われています。



 楠御前社の先の交差点の先には,熱田神宮唯一の朱塗りの南新宮社があります。疫病退散を願う素戔嗚尊(すさのおのみこと)が祭神で,6月5日に例祭が行われます。

八剣宮



 メインの参道に戻り南門の鳥居のところを右に曲がったところに宮が2つあります。右側にあるのが別宮の八剣宮です。創建は和銅元年(708年)といい,元明天皇が勅命により神剣を作り,奉ったことが始まりといいます。古来,武家の信仰が厚く,織田信長が長篠に出兵する際に社殿の修造を命じたほか,徳川家康や綱吉も社殿の修造を行ったという記録があります。本殿は本宮を縮小した形になっています。


 宮の前には太郎庵椿という樹齢300年になる銘木があり,11月から3月までの長い間花を咲かせます。江戸時代に古渡に住む高田太郎庵という茶人が愛好したため,この名前があるといいます。



 左側にあるのは上知麻我神社です。神宮摂社で延喜式の式内社で,以前は現在の国道1号線と19号線の交差点付近にあり,昭和24年(1949年)に道路拡張のため現在地に移されました。旧東海道を往来する人によって愛され,熱田の地主神と言われ愛されました。両脇に大黒様,恵比寿様がまつられ,商売繁盛や家内安全を願う初えびすが毎年1月5日に行われて賑わいます。また知恵の文殊ともいわれ,合格祈願にも多くの人が訪れます。



 ここから東には孫若御子神社があります。式内社で尾張氏の祖先という天火明命(あまのほあかりのみこと)を祀り,明治7年(1874年)に現在地に移されました。また,その南には日割御子神社があります。天照大神の子供の天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)が祭神の式内社で,この社地が太古は海を臨む洲崎だったことから,「干崎(ひさき)」と呼ばれたのが転じて日割になったという説があります。

蔵福寺
神宮2-11-12



  熱田神宮の南門から出て100m弱進んだ右手に蔵福寺(浄土宗)があります。亀宝山と号し,慶長年間(1595〜1615)に炎上し記録を焼失したため,創建は不詳といいます。熱田が宿場町で賑わい,時を知らせる必要が生じたことから,延宝4年(1676年),藩主徳川光友の命により鐘楼を新設し,時鐘を行うこととなりました。鐘楼に隣接して時間をはかる香部屋があり,天保6年(1835年)には鐘楼も建て替えられ,明治40年(1907年)に廃止されるまで続きました。戦災で鐘楼は焼失しましたが,鐘は今でも現存しており,尾張鋳物師の水野太郎左衛門家によって作られたものといいます。



 蔵福寺の反対側,ひつまぶしで有名な蓬莱軒神宮店の南側に林桐葉(とうよう)宅跡の案内板があります。林桐葉は熱田の俳人として知られ,貞享元年(1684年)には「野ざらし紀行」の旅をしていた芭蕉を2回迎え入れています。また鳴海の俳人,下里知足を紹介し,尾張蕉風の発展に尽力しました。晩年は臨高元竹と称して書道に専心し,正徳2年(1713年)亡くなりました。

海国寺
神宮2-7-20





 そのまま国道1号線に出て左に曲がり,100m進んで2本目の筋を左に曲がり少し進むと,右手に海国寺(臨済宗妙心寺派)があります。玉竜山と号し,天文8年(1539年)に熱田の有力者の東加藤家の加藤順盛によって建立されました。順盛の墓である宝篋印塔が残されています。享和2年(1802年)に焼失し,戦災でも焼失しましたが,再建されました。以前は南昌院という塔頭があったといいます。入り口の六地蔵が印象的で,禅寺らしく趣のあるたたずまいをしています。



 海国寺からさらに進んで,次の交差点の左のところに喜見寺(真言宗智山派)があります。雲龍山と号し,名古屋21大師の第13番札所になっています。

円通寺
神宮2-3-15 [公式HP(外部リンク)→]







 そのまま進んで,次の突当りを右に曲がって少し進むと左手に円通寺(曹洞宗)が見えてきます。補陀山と号し,元々この地に空海作という観音像を祀った堂があり,大きな松があったことから松下の観音といいました。それを永享10年(1428年)(ただし諸説あり)に熱田の祝(ほふり・神社の職員のこと)の田島氏が観音に帰依して伽藍を建立し,松露山円通寺と号したといいます。続いて,豊場(現豊山町)の常安寺や熱田の法持寺,福重寺など末寺を建立しました。その後荒廃しましたが,宝永5年(1708年)に再興され,宝暦7年(1757年)には伽藍の大造営が行われ発展しました。明治20年(1887年)にはここを仮場として愛知県第九高等小学校が開校しましたが,明治24年(1891年)の濃尾地震で倒壊したため,小学校は本遠寺に移りました。明治40年(1907年)に再建されましたが,昭和20年(1945年)の戦災で全焼し,現在の本堂は昭和60年(1985年)に完成したものです。
 境内には日本唯一の秋葉大権現出現の霊場と呼ばれています。永享年間(1429〜41)に僧に姿を変えた秋葉三尺坊がこの寺で修行し,ついに印可証明を受けた歓喜の余り本当の姿を現したので,火防の神として長く円通寺を鎮守することを誓ったといいます。三尺坊は「羽休」の道号が授けられたため,以降,羽休の秋葉として崇拝されています。毎年12月16日の大祭では,勇壮な火渡り神事が境内で行われます。



 円通寺の北側の道路の向かい側には栄立寺(日蓮宗)があります。清正山と号し,安永6年(1777年)以前の創建といい,元は布袋山永隆寺といいました。境内には清正公力石があります。名古屋城築城の際の総奉行である加藤清正が寄進したと伝わり,高さ1.5m,幅1mほどになります。

ゴール:地下鉄・伝馬町駅

 栄立寺から東に行った「秋葉」交差点を右に曲がり200mほど進むと,地下鉄名城線伝馬町駅の1番出口に到着します。金山駅まで3駅6分,栄駅までは13分で行けます。

写真使用数:36

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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