本文へスキップ

ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

名古屋市天白区:平針コースHIRABARI

2015年1月探訪。2015年7月1日作成
2018年1月25日再構成・地図掲載

【コース】 距離:約9.8km
 原駅から区の東部をめぐります。平針街道周辺の文化財と農業センターなど区南東部の風致地区を訪れる,自然と文化が満喫できるコースです。

地下鉄・原駅〜追分地蔵〜和合山の碑〜旧平針宿〜秀伝寺〜慈眼寺〜針名神社〜名古屋市農業センター〜荒池公園緑地〜泰増寺〜二つ池公園〜大堤池〜細口池公園〜荒木集成館〜法林寺〜東海学園大学〜一乗院〜地下鉄・原駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:地下鉄鶴舞線・原駅



 地下鉄鶴舞線の原駅がスタート駅になります。鶴舞線を利用して,名古屋市の中心部の伏見駅から約22分で来ることができます。本数は平日では1時間に8本程度,土曜休日は1時間に6本程度運転されています。原駅のバスターミナルがある2番出口から出てスタートしましょう。建物には天白文化小劇場が併設されており,区民の文化発表の場となっています。

追分地蔵
原2付近



 原駅の2番出口から南方向に進み,100mほど進んだ「天白橋東」交差点を右折します。150mほど先の「平針西口」交差点の右手前には追分地蔵があります。明和2年(1767年)に近藤佐太郎によって建立されたといいます。地蔵が道標になっており,「右なごや左あつた」と刻まれています。昭和30年(1955年)頃には田園のあぜ道にありましたが,区画整理の際に小学校に移され,その後現在地に移されました。

和合山の碑
中平1-227付近



 「平針西口」の分岐を左に進み,続く分岐を右方向に進みます。この筋はかつての駿河街道に当たります。右の分岐に入って50m弱い進んだ左手には和合山の碑があります。昭和初期,和合山(現,愛知郡東郷町)から採掘された黄土(当時の住宅の壁の仕上げ材)を,平針の農民が庭で乾燥させて名古屋へと販売したといい,この地域の産業になっていたといいます。この碑は和合山で黄土を採掘中に落盤で命を落とした8名の霊を慰めるための殉難碑になっています。



 和合山の碑から250mほど,国道302号線を越えて進んだ右手には御嶽神社があります。御嶽信仰の施設で,天白区内にはここ以外にもあり,信仰の深さを感じられます。

旧平針宿
平針4







 御嶽神社からさらに駿河街道を東に進むと,かつての平針宿の古い町並みになります。南区呼続で東海道から分岐して平針に至り,その後岡崎へと延びる街道は平針街道,駿河街道と言われました。慶長17年(1612年)に徳川家康の命により名古屋と岡崎を結ぶ近道として設けられましたが,当時は大坂の陣に備えての軍事的な側面が大きかったようで,実際に大坂の陣の際は家康もこの街道を通っているそうです。距離が短く女性が通りやすいことから姫街道とも呼ばれました。元々平針の村は現在地よりも400mほど北にあり,平らな土地を開墾したという「平墾」から転じて現在の地名になったといいます。街道が通った際に家康の命により16軒あった農家が街道沿いの現在地に移され,以降は宿場町として発展することになります。街道沿いには昔からの町並みが残り,昔の宿場をしのぶことができます。昭和初期までは商店街になっていたといい,かつての商店の建物も最近までは残されていたといいます。かつては松並木もあったそうですが,太平洋戦争の際に造船の必要などから伐採されました。
 御嶽宿から300mほど進んで飯田街道に合流し,少し進んだ右手の平針公民館があったあたりにかつて平針宿の本陣があったといいます。平針宿が開かれ庄屋仁右衛門が本陣をつとめ,村瀬の姓を名乗って伝馬役も担ったといいます。その後,仁右衛門家が途絶えた後は竹内伝兵衛が村瀬姓を継ぎ,明治維新まで続いたといいます。平針宿は江戸中期以降からは飯田街道を通じて奥三河・南信州方面との交易路の拠点として発展しました。その際に生まれたと考えられるのが木遣り音頭[市民俗]です。これは人々が山から木を切り出して運ぶときに歌われるもので,言い伝えでは名古屋城築城の際に資材運搬に駆り出された農民が景気づけに歌ったのが始まりといいます。たびたび氾濫した天白川の築堤工事の際にも作業歌として歌われ,往時は歌詞も60種類余りに及んだといい,家屋の建築などの慶事にも歌われたといいます。現在も30名ほどの保存会のメンバーによって受け継がれ,名古屋まつりや天白区民まつりなどのイベントで披露されるといいます。

秀伝寺
平針4-1712





 飯田街道との合流点から200mほど進んだ信号の1つ手前の筋を右折し,続く筋を左折すると,広い筋に出たところに秀伝寺(曹洞宗)があります。祥雲山と号し,明応2年(1493年)に僧宗栄が創建したといいます。仏法庵,慈眼庵の2つの塔司を持つ大寺だったといいますが,文禄元年(1588年)に焼失して一度廃寺となりました。その後,慶長17年(1612年)に家康の命により平針村が街道沿いに移転した際に,移転に応じた見返りとして,代官勝野九兵衛に命じて再興させたといいます。その後,戦災により焼失し,現在の本堂は平成2年(1990年)に再興された鉄筋コンクリート造になっています。本尊は釈迦牟尼仏で享保10年(1725年)に作られたものといいます。境内には平針保育園があり,子どもたちの歓声で賑わいます。

慈眼寺
天白町平針大根ヶ越206







 秀伝寺のところを左折し,続く信号を右折して飯田街道に戻ります。さらに300mほど進むと右手に慈眼寺(曹洞宗)の入り口がありますので進んでいきましょう。入口から本堂までの約200mは藤棚やしだれ梅,ぼたん桜並木などがあり,春から初夏にかけて花を楽しむことができ,平針地域の眺望も楽しむことができます。慈眼寺は秋葉山と号し,伝承によると大同4年(809年)に起こった京都大火の際に,上京した秋葉三尺坊尊が,鎮火祈願をした帰りにこの地に立ち寄り,創建したといいます。その後,尾張地区の秋葉信仰の中心として多くの人々に信仰され,近隣だけでなく津島・海部地方からも太鼓や仏具などが寄進されたといいます。永禄3年(1560年)には織田信長が桶狭間の戦いの前にこの寺にて戦勝祈願を行いました。その戦いに勝利して奉納したという三尺坊の尊像が今も残されているといいますが,秘仏になっています。明治初年に遠州秋葉山が火災に遭った際,再建されるまでこの地にて本尊仏が預かったことから,休跡斉とも呼ばれているといいます。現在も神仏混合の珍しいお寺で,毎年12月16日には火渡り神事が行われています。



 慈眼寺の境内を南方向に抜けて針名神社に向かう途中の左手には忠魂碑が征清記念碑があります。忠魂碑は日清・日露戦争の際に従軍して亡くなった人々の霊を慰めるために設けられたもので,毎年4月には慰霊祭も行われているといいます。そばには太平洋戦争で亡くなった人々の顕彰台もあります。また,一緒に建っている征清記念碑の文字は山県有朋の書といいます。

針名神社
天白町平針大根ヶ越175





 慈眼寺の南出口からまっすぐ進むと針名神社があります。創建は不詳ですが,かつてこの地を支配した尾張氏の末裔である尾治針名根連命をまつり,平安時代の延喜式神名帳にも記載されている天白区でも最古という由緒ある神社です。なお,犬山市の針綱神社が同じく針名根連命とその父の尾綱根命を祀っているといいます。平針村が南に移転した慶長17年(1612年)頃に現在地に移されたといい,応神天皇がまつられた八幡社が明治42年(1909年)に合祀されました。昭和51年(1976年)に現在の社殿が造営されたといいます。境内は1万坪余りの広大な敷地を誇り,野鳥保護区にもなっていて豊かな自然を楽しむことができます。境内には市内最大級の大杉もあるといい,神聖な雰囲気を感じられます。昭和57年(1982年)には長らく途絶えていたちょうちん灯しの行事が50年ぶりに復活したといいます。

名古屋市農業センター
天白町平針黒石2872-1





 針名神社から出て右折して東に進み,約150m進んだ次の細い筋を右に入ります。約150m進んだ広い筋を右に曲がると,すぐに名古屋市農業センターがあります。名古屋市の農業振興をはかるために昭和40年(1965年)に開園した公園で,平成27年(2015年)に開館50周年を記念して,「delaファーム」の愛称がつけられました。一般市民が農業に親しむことができる施設として,園内には市民向けの貸し農園が設けられています。





 また広大な公園内には噴水広場が設けられ,特にしだれ梅の名所として早春の梅の時期には「しだれ梅まつり」も行われて賑わい,自然を感じることができる場所としても活用されています。また展示温室も設けられ,冬の時期でもベゴニアやブーゲンビリアなどの花を楽しむことができます。





 南側には名古屋コーチンのふ化場が設けられており,その最大のふ化場をとして名古屋コーチンのヒナを多くの養鶏業者に卸しています。名古屋コーチンは言わずと知れたこの地域の地鶏ブランドですが,ここには解説板もあって名古屋コーチンについて知ることができ,売店ではお土産として肉や卵を購入することもできます。その先にはふれあい牧場があり,牛・豚・羊・ヤギなどの動物とふれあうことができます。売店ではしぼりたての牛乳やアイスクリームなども販売されており,休憩も兼ねて時間をかけてゆっくりしたい施設になっています。11月初旬には農業センターまつりが行われ,この際も多くの人が訪れます。月曜日がお休みなので注意しましょう。

荒池緑地公園
天白町平針黒石2878-322



 名古屋市農業センターの南側の竹林の道を通って南出口から出たところには,荒池緑地公園が整備されています。この付近は名古屋市の風致特別区として豊かな自然が残され,農業センターも含めて「なごやかファーム」として自然や農業を楽しめる公園として整備が進められています。出口から出て左手に150mほど進んだところには荒池があります。面積は91239平方メートルに及ぶ灌がい用の池で,カワセミ,ツグミ,キジなどの野鳥の宝庫として知られており,野鳥ガイドが区役所でも配布されているといいます。

泰増寺
天白町平針黒石2878-1548



 荒池から広い筋を西に進んで1本目を左折し,続く筋を案内板にしたがって右折すると150mほど先に泰増寺(曹洞宗)があります。護国山と号し、明応3年(1494年)に覚円坊によって天台宗の寺院として創建されたといいます。その後,荒廃したため清須にて再興されますが洪水で流出し,天正年間(1573〜93)に曹洞宗の寺院として再興されたといいます。その後,慶長年間(1610年頃)の清須越しで中区新栄に移転したといいます。





 荒池から西に戻って,農業センターの出口を越えてさらに西に進みます。約200m進んだ左手にはトンボ池があり,多くの昆虫を観察することができて自然を感じることができます。また,その先には多目的広場が設けられ,ベンチも設けられています。多目的広場の北側出口から史跡散策路の案内板に沿って北方向に進み,雑木林が両側に広がる道を進みます。





 約350m進むと二つ池公園があります。名前の通り二つの池の側に設けられた公園です。公園の先には地元クラブの活動に用いられる農園があります。市民の農業体験にも用いられるといい,天白区の豊かな自然を感じられる場所になっています。





 二つ池公園から風情ある農村の道を進んでいくと,左手に大堤池があります。灌がい用に設けられた池といい,周囲には桜も植えられ,水鳥も見ることができて自然を感じられます。

細口池公園
平針南1-1





 道なりに大堤池をぐるりと周り,池北西の耳鼻科のある交差点を道なりに西に進み,150mほど先の「向が丘」交差点を左折しさらに400mほど進むと右手に細口池公園があります。細口池を中心として面積約4haに及ぶ巨大な公園になっています。遊具のある公園や大きなグランド,テニスコートなども備えた広大な公園で,春には桜の名所,冬の時期も水仙の名所として知られ,市民の憩いの場になっています。池の周りには遊歩道も整備されており,じっくりウォーキングを楽しむこともできます。休憩拠点としても活用して,自然を体感しましょう。

荒木集成館 [有料施設]
中平5-616 [公式HP(外部リンク→)]



 細口池公園の南側の階段から出て,そのまま突当りまで進み,700mほど道なりに,「中平四丁目」交差点で国道302号線を渡って進むと,右手に荒木集成館があります。昭和27年(1952年)に中学教師であった荒木実が考古学の研究を始め,千種区から天白区に広がる東山古窯跡群の発掘調査を行いました。その研究成果を発表するために昭和45年(1970年)に設けた私設博物館が荒木集成館です。当初は千種区大島町(椙山女学園高校の南側)に開館しましたが,昭和53年(1978年)に現在地に移転しました。その際に財団法人となりますが、平成25年(2013年)には公益財団法人となって現在に至るといいます。展示の中心は東山古窯跡群と呼ばれる千種区・昭和区・天白区の遺跡からの出土品で,旧石器時代から鎌倉時代にかけて時代ごとに展示品がまとめられています。特に古墳時代から平安時代にかけてこの地域で盛んに作られた須恵器が多く展示されています。また,特別展示室では人文科学,自然科学の採集品の企画展示などが継続的に実施されており,貸し教室もあって様々な研究の発表の場にもなっているといいます。



 荒木集成館の先の筋を右折し,続く筋を左折してさらに次の筋を右折すると,少し先の左手に法林寺(西山浄土宗)があります。教雲山と号し,永禄8年(1565年)の創建で元々は熱田にあったといい,本尊は阿弥陀如来といいます。



 法林寺の先の筋を左折し,100mほど先の広い筋を横断歩道で渡って左折し,続く筋を右折して200mほど進んだ右手には,東海学園大学名古屋キャンパス[公式HP(外部リンク→)]があります。浄土宗の教育機関として設けられた東海学園が平成7年(1995年)に設けた大学で,名古屋キャンパスには人文学科、心理学科,教育学科,管理栄養学科があります。





 東海学園大学名古屋キャンパスの入り口から北上して続く筋を右折し,東海学園高校の入り口の前を通って100m弱先の道なりに右に筋が曲がるところで左側の筋に入ります。さらに2本目の五差路を右折して,先の突当りを左折すると一乗院(天台宗)があります。鳳凰山と号し,遺骨で作られたという骨仏が祀られているといいます。

ゴール:地下鉄鶴舞線・原駅

 一乗院から300m強道なりに北上して,突当りを左折して県道を進みます。さらに300mほど進んだ「天白橋東」交差点を右折すると,100m強先にスタートした原駅の1番出口があります。地下鉄鶴舞線を利用して,伏見駅までは約22分で戻ることができます。



【再訪問】農業センターの梅 [3月撮影]



 途中に訪れた農業センターは,名古屋でも随一の梅の名所になっています。梅の時期の農業センターを訪れてみました。







 とにかくみごとの一言。一度は見てみたい梅の1つです。ちょうどシーズンにはしだれ梅まつりも開催され,多くの人々で賑わいをみせます。



 農業センターを出た荒池周辺の緑地のところも,梅が見事に咲き誇っていました。


写真使用数:42

←前:植田コース / 名古屋市天白区 / 次:相生山コース→

ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
rintaronagano□yahoo.co.jp
□は@に代えてください。

*このページは個人作成のページです。ページに関する内容を,管理者以外に問い合わせないでください。
*個人利用を超える利用をされる場合は,事前にご連絡をお願いいたします。
*永続的なサイト運営・更新を目指してバナー広告が挿入されています。ご理解とご協力をお願いいたします。



































【バナー広告】
<HP作成関連>










<旅行関連>



<お役立ち情報>