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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

名古屋市昭和区:八事山コースYAGOTOYAMA

2015年2月探訪。2015年6月18日作成
2015年12月23日再構成

【コース】 距離:約6.4km
 区南東部の八事山興正寺とその周辺の社寺をめぐります。八事山の自然や八事の高級住宅街など山の手の多彩な街の顔も楽しめます。

地下鉄・八事駅〜興正寺(西山普門院〜東山遍照院)〜徳林寺〜西光院〜浄昇寺〜正福寺〜聖霊修道院〜センバツ発祥の地碑〜誓願寺〜光真寺〜渡辺健一トリックアート美術館〜隼人池公園〜宝珠院〜半僧坊新福寺〜地下鉄・八事駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:地下鉄・八事駅



 今回は地下鉄鶴舞線・名城線の乗換駅である八事駅がスタートです。中心部の伏見駅から鶴舞線を利用して所要16分です。八事駅の1番出口から出てスタートです。出口には,サーウィンストンホテル[公式HP(外部リンク→)]があり,おしゃれな八事の街を彩ります。

八事山興正寺
八事本町78 [公式HP(外部リンク)→]



  1番出口から右に進み,飯田街道を200mほど進むと,右手に興正寺(真言宗)があります。八事山と号し,貞享3年(1686年)に,高野山で弘法大師の五鈷杵をさずかった天瑞圓照和尚が建立を発願し,貞享5年(1688年)に尾張藩主徳川光友によって建立が許可され,その後尾張藩の祈願所として厚い保護を受けて発展し,現在でも「尾張高野」の愛称で修行・信仰の場として親しまれています。境内は大きく東西に分かれ,それぞれ東山遍照院と西山普門院と呼ばれます。最初に見えるのは東山の山門で,黒門と呼ばれ名古屋城から移築されたものです。門の両側に続く塀は,弓矢や鉄砲を撃つために格子状になっており,興正寺が尾張藩の砦の役割もしていた名残と考えられます。
 そのまま飯田街道を進むと西山普門院の入り口になります。現在,平成の大改修が行われ,入り口の総門や参道の整備工事中で,平成28年(2016年)に完成予定で,参道の右側にはいこいの自然広場も設けられる予定です。この総門から中門にかけては縁日が毎月5日と13日に行われ,さらに毎月21日に行われる「興正寺マルシェ」は100件近い露店が軒を連ね,多くの人で賑わいます。



 そのまま先に進むと中門があります。もとは女人門といい,東山と西山の境に立って女人禁制を守っていました。昭和29年(1954年)に現在の五重塔前に移されました。

五重塔



  中門の先には,興正寺のシンボルともいえる五重塔[国重文]がそびえています。文化5年(1808年)に七世の真隆和尚が建立した高さ30mの五重塔で,東海3県で唯一の木造五重塔であり,江戸時代後期の塔の特徴をよく示す塔として貴重な存在です。塔本体を本尊に見立て,中心柱に大日如来を配し,その四方に四仏の如来が安置されています。
 五重塔前には,平成26年(2014年)に完成したばかりの平成大仏と呼ばれる高さ6.1mの釈迦牟尼大仏があります。寺の開山・天瑞和尚が戒律を守る規範として奉安した御仏の掛け軸を再現したものといい,大仏を奉安する牟尼殿が現在建設中です。

(西山)本堂



  五重塔の奥に本堂があります。寛延4年(1751年)に西山阿弥陀堂として建立され,本尊の阿弥陀如来や弘法大師,不動明王などがまつられています。なごや七福神の1つの寿老人もここにまつられています。結婚式などのイベントが行われます。





 本堂の奥には普門園[公式HP(外部リンク→)]があり,日本庭園「蓬莱亭」や,大正時代,海運王と呼ばれた日下部久太郎氏が建設し,平成20年(2008年)に移築された「竹翠亭」,大正7年(1918年)に興正寺第16世の隠居所として設けられた想耕庵など歴史ある建物があります。その左側には尾張徳川家の位牌を祀った普照殿があり,これらを使って結婚式などのイベントが行われます。



 さらに左の階段を上がった先には観音堂があります。尾張2代藩主の光友公より寄進された秘仏の木造観音菩薩立像[市文化]が収められており,像高59.3cm,10世紀の平安時代の作と伝わります。建物は安政4年(1857年)に10世潭道和尚によって移築された建物です。

能満堂



 本堂の右隣のエスカレーターを上がった先に能満堂があります。享保2年(1717年)に尾張徳川家の継友公によって建立され,以降,徳川の祈願所として大切にされてきました。開山した天瑞圓照和尚が刻んだといわれる秘仏の虚空蔵菩薩が安置されています。虚空蔵菩薩は記憶力向上の霊験があるとされ,合格祈願の願掛けに多くの人が訪れます。南側には隣接して赤い圓照堂があります。納骨堂になっています。

大日堂



 能満堂から東に進んで山の方に向かい,東山遍照院に入っていきます。参道には宝篋印塔が立ち並び,ムードを感じさせます。東山は江戸時代には修行の場として女人禁制で,女人門の跡が今も残されています。東山に残されている八事山の林叢は規模や植物の種類の多さからいっても大変貴重なもので,アラカシ,サカキなどの常緑広葉樹,コナラ,アベマキなどの落葉広葉樹,アカマツ,クロマツなどの針葉樹が混じった密林になっており,鳥の宝庫にもなっていて,野鳥保護区に指定されています。



 そのまま進んだ先には,八事山で最も高い位置にある呑海峰(どんかいほう・標高約80m)に建てられている大日堂があります。元禄10年(1697年)に尾張徳川家2代藩主の光友公が母の歓喜院の供養のために作らせたという高さ3.6mの銅造大日如来[市文化]が総本尊としてまつられています。この大日如来は名古屋三大仏の1つにも数えられており,高い位置から八事山全体を見守っている感じがします。この前の広場には,叩くと金属音がするという九品仏,干支が刻まれた宝塔,カンチン井戸という井戸などがあります。

弘法堂



 大日堂から先に進んで,交差点の先を左に進んだところに弘法堂があります。開山和尚百回忌に建立されたため,開山堂とも呼ばれています。弘法大師、開山天瑞圓照和尚、興正菩薩叡尊の三人をおまつりしており,21日が縁日になります。



  続いて右に進んで道なりに進んでいくと,やがて東山精舎(奥之院)と呼ばれる不動護摩堂と東山本堂があります。不動護摩堂は名前の通り不動明王をまつっており,東山本堂は阿弥陀如来と歴代の先師の位牌をおまつりしています。護摩堂で焚かれた大護摩は,いざという時ののろしになっていたといわれています。



 そのまま弘法堂の前の交差点に戻り,右に進んで先の山手通門から外に出ます。

徳林寺
八事富士見1513



 山手通門から出てすぐ右折し,さらに道なりに進んで山手通との信号のある交差点を直進して進みます。この先は,南側には八事霊園の墓地が広がり,南西方向には中京大学[公式HP(外部リンク→)]の建物が見えるというおもしろい景色です。八事霊園は大正初期から昭和30年代にかけて整備された霊園で,かつては景勝地として知られたといいます。





 交差点から約100m進むと,左手に徳林寺(浄土宗西山禅林寺派)があります。亀松山と号し,元々は中区の白川公園の南側に当たる日出町に存在しました。永禄11年(1568年)にもともと真言宗だったのを浄土宗に変更しています。本堂前の不動明王は名古屋城築城の際に堀川から現れたといい,元は堀川の慶雲橋(現在の西区幅下)に安置されていたものだといいます。縁をとどめることから選挙関係者に人気があるそうです。本堂には本尊の木造阿弥陀如来があり,また境内には六地蔵尊や相撲の初代高砂浦五郎の碑があります。

西光院
山手通4-10 [公式HP(外部リンク)→]



 山手通の信号まで戻り,右折して北に進んでいきます。





 約250m進むと,右手に西光院(浄土宗西山禅林寺派)があります。永照山と号し,永正・大永年間(1504〜1527年)に清須にて開創され,その後,慶長9年(1604年)に現在の白川公園付近に移転し,一時期は5000坪余の大伽藍を誇りました。その後,戦争のため昭和18年(1943年)に現在地に移転しました。入口の山門は織田信長が寄進したと伝わる薬医門で,「赤門」と呼ばれ,享保2年(1717年)修理の棟札が残されています。白川の地にあったものが移築されその後再建されたもので,この寺は特徴ある赤門があるため,別名「赤門寺」とも呼ばれています。かつて本堂は須弥壇の銘に寛文7年(1667年)とあり,その頃に荘厳が完成したと考えられます。荒廃していた寺が昭和期に再興され,昭和52年(1977年)には新庫裡も建てられましたが,平成9年(1997年)の火事で燃えたために,平成15年(2003年)以降に再建されたものになります。建物は新しいですが,境内を見ると歴史を感じさせます。

浄昇寺
妙見町110 [公式HP(外部リンク)→]



 西光院の先,「山手通3」交差点を右折し,約150m進むと左手に円立寺(日蓮宗)があります。





 円立寺の右側には,浄昇寺(日蓮宗)があります。妙見山と号し,「川名の妙見さん」と昔から親しまれてきた寺で,現在のこの付近の地名である「妙見町」の由来ともなっています。天保年間(1830〜44)に川名の住民の鈴木文七という人物が,若いころ眼病により失明したのを悲しんで日蓮宗の信者となり,治るように祈ったところ開眼したといいます。その後,夢のお告げに従って,大阪府の妙見山から妙見大菩薩の御分身をいただいて建立したといいます。その後,尼僧によって寺院の継続が行われています。神社のような参道を通って階段をおり境内に進み,神仏混交の姿を見ることができます。本堂は昭和56年に建てられたもので,北辰殿の扁額があり,北極星を神格化したという北辰妙見菩薩がまつられています。また,境内には日清・日露戦争の2回にわたり大陸に派遣され,戦火をくぐりぬけて帰還したという白馬・水遊号の木像はまつられた堂があります。



 浄昇寺の入口に戻り,そのまま進んで次の左に入る筋を100m弱進むと,右手に正福寺(真宗大谷派)が見えてきます。

聖霊修道院
八事本町1 [公式HP(外部リンク)→]



 正福寺から道なりに100m進むと山手通に突き当たるので,左折して進んで「山手通3」に戻ります。ここの横断歩道を渡って左折し,道なりに400m進むと左手に八事聖霊幼稚園があり,その奥に聖霊修道院があります。正式には「聖霊奉侍布教修道女会 聖霊修道院」といい,全国で活動するカトリック系の聖霊会の本部です。建物は昭和8年(1933年)建設といい,トンガリ屋根の鐘のある建物は遠くからでもよく見えます。創建当時は森林地帯の真ん中にポツンとあり,修行生活には絶好の場所でしたが,最近は周囲の住宅化が著しくなってしまいました。



 聖霊修道院の先を左折し,約150m進むと左手にメ〜テレ八事ハウジングがあり,住宅展示場が広がります。



 そのまま100mほど進んだ右手にはサザンヒル八事の入り口があり,マンションを通り抜けて奥に行くとセンバツ発祥の地の碑があります。以前この地には,大正11年(1922年)に山本権太郎氏が資材をなげうって造った八事山本球場がありました。名古屋で最初の本格球場として親しまれ,大正13年(1924年)に第1回のセンバツ高校野球大会がここで開かれました。その後,昭和11年(1936年)には伝統の巨人阪神戦の第1回の試合がここで行われています。

誓願寺
滝川町47-1 [公式HP(外部リンク)→]



 マンションの入り口に戻り,そのまま200mほど直進すると,飯田街道に突き当たる直前の右手に誓願寺(浄土宗西山禅林寺派)があります。法喜山と号し,久安2年(1146年)に中島郡にて三論宗として創建されましたがその後廃絶し,元亀3年(1572年)に比叡山で修行した空範天室上人が清洲城下に建立し浄土宗となりました。その際に比叡山日吉神社の神木の桜を境内に植えたことから,別名桜誓願寺と呼ばれるようになります。その後,慶長年間(1596〜1614)にいわゆる清須越で中区の白川公園付近に移り,その後戦災を避けるために昭和17年(1942年)に現在地に移されました。



 本堂は,平成19年に解体された入母屋造りの旧本堂に代わり,平成21年にできたばかりの新しいものです。本尊は元禄11年(1698年)の銘がある阿弥陀如来で,恵心僧都の作と伝わります。また,境内には開山の空範天室上人が比叡山から持参したという身代わり地蔵尊があり,繁栄を招く夢地蔵として知られ毎年秋分の日に大祭が行われます。また,名前の通り,春の時期になると名物の桜が見事に色づき,多くの参拝者で賑わいます。

光真寺
滝川町17-10





 飯田街道に出て右折し,いりなか方面に約200m進むと,右手に光真寺(曹洞宗)へ上がる階段があります。ここからお寺へは急な階段を上がっていきます。持福山と号し,清洲外町に薬師堂として創建され,その後清須越にて中区門前町に移り,大正11年(1922年)に現在地に移されました。本尊の薬師如来は「不截薬師」と呼ばれ,昔,この薬師を信仰していた農夫が京に旅立ったとき,山賊に刀で切られたが,代わりにお薬師のお守りの札が身代わりになって切られたという説話からこの名前がついています。

渡辺健一トリックアート美術館 [有料施設]
滝川町40 [公式HP(外部リンク)→]



 光真寺から飯田街道をさらに100m強進んだ右手に渡辺健一トリックアート美術館があります。平成21年(2009年)にオープンした新しい美術館で,愛知県を中心に活躍し,愛知万博のパビリオンや名古屋港の旧防潮壁の絵でも知られ,各地にトリックアートを描いている渡辺健一氏の作品を見学することができます。売店も設けられ,最近話題になっている美術館です。トリックアートの貸し出しも行われているようです。

隼人池公園
隼人町







 美術館の先の「隼人町」交差点で飯田街道を渡り,八事方面に引き返して約100m進むと,右手に隼人池公園があります。隼人池は正保3年(1646年)に犬山城主の成瀬隼人正正虎によって造成され,南西に位置する藤成新田の灌漑のための水源として設けられました。かつて,池の水は山崎川を筧で越えて新田にひかれており,「尾張名所図会」にも描かれているといいます。公園として整備されたのは昭和54年(1979年)で,平成元年(1989年)には池に浮見堂が設けられました。周囲の堤には長さ400mの遊歩道が設けられ,春には堤の桜が美しく池を彩り,野鳥が訪れることでも知られ,バードウォッチングを楽しむ人もいます。かつてはこうした池が多く設けられましたが,この付近でかつての名残をとどめるのは隼人池だけになってしまいました。

威徳山宝珠院
広路町隼人22





 隼人池公園の南東側から出てすぐに右手に宝珠院(浄土宗西山禅林寺派)があります。威徳山と号し,天正年間(1573〜91)に清洲にて創建され,のちに西光院の末寺として中区の白川公園付近に移転し,昭和21年(1946年)に現在地に移されました。境内には,宝珠院のイヌナシ[市天然]があり,春になると見事な白い花をつけます。イヌナシは別名マメナシともいい,日本では東海地方にのみに生える大陸系の植物です。もともとこの付近は隼人池に接する湿地帯で,この2本の木は自然群落の名残を示す貴重なものです。自生のイヌナシは減少している現状から,市の天然記念物に指定されています。

半僧坊新福寺
広路町松風園68



 宝珠院から直進して突当りを左折し,さらに50m強進んだ信号のところを右奥方向に進み,続く分岐を道なりに右に進んで約150m進むと右手に八事コミュニティセンターがあります。





 さらに200mほど進むと広い筋に突当り,ここを左折するとすぐに半僧坊新福寺(臨済宗)があります。明治18年(1885年)に静岡県奥山半僧坊の別院として現在の中区栄3丁目付近に建立され,明治43年(1910年)に現在地に移されました。方広寺開山禅師が明国より帰国する際に嵐にあったが白髪の偉人に助けられ,開山の際に再び現れて弟子にしてほしいと願ったといいます。その際に禅師は「姿は俗人だが心は僧。故に汝は半僧坊だ」といって願いを許されたことから半僧坊の名前があります。後にこの人は観世音菩薩の化身と考えられるようになり,本尊の阿弥陀如来の中に観音があると考えられています。



 本堂横には,宮本武蔵碑があります。宮本武蔵の碑は,ここ新福寺と南区の笠寺観音にあります。ここの碑は「新免政名供養碑」と呼ばれ,寛政5年(1793年)に円明流を伝えた左右田邦俊五大の門弟である市川長之という人物が,門人とともに武蔵149年忌の法要の際に建立したものです。側面には武蔵の履歴が書かれているようですが,解読が難しいことで知られます。宮本武蔵は寛永年間(1624〜44)に尾張柳生家に寄宿していたといいます。

須佐之男神社
広路町石坂79-3 [公式HP(外部リンク)→]





 新福寺から約300m進んだ「雲雀ヶ岡」の交差点を左折し,さらに道なりに約400m進むと,左手に須佐之男神社があります。名前の通り,ヤマタノオロチ退治の神話で有名なスサノオノミコトを祀る神社で,安政2年(1773年)に東区水筒先町(現在の葵2丁目)に創建され,この地には明治35年(1902年)に移されました。静かなこの神社も毎年の夏祭りの際には賑わいます。周辺が宅地化されて,社叢は開発前の面影を残す貴重な自然になっています。

八勝館
広路町石坂29 [公式HP(外部リンク)→]



 須佐之男神社のところの筋を右折して東に進み,150mほど進んだ突当りの右手に八勝館があります。大正14年(1925年)創業という老舗料亭で,建物は明治期に柴田孫助という材木商が別荘として建てた屋敷で,その後伊藤次郎左衛門や後藤幸三などの名古屋の財界人が別荘を買い取り,大正14年(1925年)から営業を始めました。北大路魯山人のゆかりの料亭としても知られ,彼の多くの作品や逸話が残されています。



 八勝館から北に進んで飯田街道に合流し,300mほど進むと八事駅の3番出口に戻ってきます。この奥には,イオン八事店があります。昭和48年(1973年)開業のジャスコ八事店がその前身で,現在の建物は平成5年(1993年)竣工で,名古屋でも古い部類のイオンになります。

ゴール:八事駅

 イオン八事店の地下3階にある地下鉄連絡口を通ると,ゴールの八事駅に到着します。中心部の伏見駅まで約15分です。名古屋駅や栄へは,乗り換えの余裕時間を考えると,30分ほどかかるので,時間には注意して行動しましょう。

写真使用数:45

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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