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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

名古屋市守山区:森孝コースMORITAKA

2015年5月探訪。2015年5月13日作成

【コース】
市バス・大森住宅バス停→大森中央公園→定納公園→元補地区→香流川の桜並木→八釼神社→三十三観音堂→泰永寺→市バス/名鉄バス・四軒家バス停

【地図は準備中です】

【目次】
大森住宅から元補地区へ
森孝・香流川の桜並木周辺
尾張旭市との境界を進んで四軒家へ
参考資料

 今回は守山区の南東端の森孝・四軒家地域をめぐります。ちょうど,名東区,尾張旭市,長久手市との境になっている地域で,山口街道が通り古くからの信仰が感じられるほか,中心部の桜並木でも有名です。このコースは,守山探検隊「森孝・四軒家地区散策コース」を大森住宅からほぼその通りにめぐったものになります。

大森住宅から元補地区へ

スタート:市バス・大森住宅バス停



 今回は,大森住宅バス停がスタートになります。地下鉄池下駅,砂田橋駅からの便が多いですが,藤が丘駅などからもバスが運行されています。

大森中央公園





 大森住宅バス停のところの「中町田」バス停から南方向に約100メートル進むと,右手に大森中央公園が見えてきます。ナイター機能もある野球場も備えたこの付近ではかなり大きな公園で,家族連れなどで賑わっている公園です。

大森橋付近



 そのまま約200メートルほど進むと,大森橋に到着します。ここで矢田川を渡ります。矢田川の河川敷は遊歩道も整備されていて,ウォーキングをする人も見られます。

梁田が城跡



 大森橋を渡って約300メートル,「天子田」の交差点を過ぎ,その次の交差点を左に曲がります。曲がった左手が梁田が城跡になります。16世紀半ばごろ築城とされ,織田信長の家臣で桶狭間合戦で高く評価された簗田出羽守政綱が城主でした。現在は,電線の塔が立っているだけですが,明治期以前は堀跡があったそうです。

定納公園



 簗田が城跡から約100メートル進むと,右手に定納公園が見えてきます。「定納」「定免」というのは各地で見られる地名で,農作物の豊作凶作に関わらず一定の年貢をおさめさせる土地のことで,藩財政の安定化させる目的で行われましたが,飢饉時の農民には厳しいものだったようです。

足助道



 定納公園の手前の交差点を右折し,約50メートル進んだところにあるななめ左方向にのびる道が旧足助道になります。瀬戸街道の分岐点から大森橋を渡り,森孝新田へとつながっていました。そのまま長久手を通り,足助方面に向かうことができました。

山口街道



 足助道のななめの道が終わるところで,右手前方向に進み,次の突き当りを左に進んで約100メートル進むと,森孝西小学校に突き当たります。ここを東西に通る道が旧山口街道になります。名古屋城の東側から瀬戸に向かう細い街道で,名古屋への往来に利用されました。

元補地区



 森孝西中学校の西側の筋を左に曲がり,続いて右に曲がります。そのまま進んだところが元補地区になります。元陸軍補給廠があったところで,省略して元補地区と呼ばれるようになりました。現在はそんなおもかげもなく大きな団地も建てられており,地名だけが昔を物語っています。

森孝西公園



 元補地区を道なりにぐるりとUターンするように進む道を進んで約400メートルほど進んでいくと,左手に森孝西公園があります。元補地区はこの辺りまでなのですが,右手に大型の団地が建てられるなどしており,新しい住宅地となってしまいました。


森孝・香流川の桜並木周辺

森孝の丸型ポスト



 森孝西公園からそのまま100メートルほど進むと,左手の自動販売機の奥のところに丸型ポストがあります。森孝西小学校に教材用に設置されていたポストを平成26年(2014年)に一般用に設置したもので,名古屋で5本目のものだそうです。

香流川の桜並木 [3月末撮影]



 丸型ポストの次の交差点を右に曲がり,そのまま100メートル進むと出来町通に突き当たります。右に見える横断歩道を渡ってさらに来た道から直進する方向に約250メートル進むと香流川に突き当たります。この付近は,香流川の桜並木が見事です。川の反対側やここから西側は名東区で,ちょうど名東区との境を歩くことになります。



 香流川の桜並木に沿って東に歩き約250メートル,藤森橋を越えてちょうど東名高速道路が川を渡るのが見えるぐらいのところにじゃりみちの左に入ります。

野墓



 じゃりみちを進んで50メートル弱進むと左手に墓地が見え,その奥に野墓があります。ここは,中央の台に棺を置き,僧侶の読経で野とむらいをして埋葬した場所になります。昭和30年代頃まで行われていたということです。

森孝の桜並木 [3月末撮影]



 野墓からさらに来た道を北に進んで出来町通に出て左に曲がり,次の信号で出来町通を渡り,そのまま右手の直進する方向に進んで,約150メートル進むと,森孝の桜並木が見えてきます。ここの東西の陸軍補給廠を結ぶのに作られた道路で,昭和55年(1980年)にこの地区の学区独立を記念して桜が植えられたということです。

八釼神社(森孝)



 桜並木を東に少し進むと,森孝西コミュニケーションセンターに隣接して八釼神社があります。熱田神宮の別宮の「八剣宮」に由来するといわれ,大森にある八釼神社から文政9年(1826年)に分祀されたものです。参道横に農業振興事業碑があります。

行者堂



 八釼神社の左側の交差点を北上して,100メートル強進んだ2つ目の交差点を右に曲がります。少し進むと左手に行者堂が見えてきます。奈良の大峰山に修行した13〜15歳の男子が帰ってきたときに,「サンゲ,サンゲ」といいながらお参りをしたといいます。

三十三観音堂



 行者堂から約100メートル進んだ次の左に入る筋を進み,右から太い道が合流したらさらに進みます。次の交差点にさしかかった右側に三十三観音堂があります。昔,西国三十三観音霊場巡りをした参拝記念に建てられたものです。横にある馬頭観音は山口街道の道標にもなっていたということです。



尾張旭市との境界を進んで四軒家へ

尾張旭市との境界



 三十三観音堂のところを右折して,そのまま約300メートル,名神高速の高架をくぐって進みます。高架下をくぐった先が尾張旭市になります。ここを右に曲がり,南に進んでいきます。ここは左側が尾張旭市,右側が守山区になります。

泰永寺



 右に曲がってから4つ目の左に入る筋を左に進みます。つきあたった広い通りが旭街道になります。そのまま右に進むと,泰永寺(真宗大谷派)が見えてきます。義恵山と号し,もともとは三軒家付近にありましたが,平成21年(2009年)に現在地に移転しました。



 境内の様子です。全体的に新しい施設などが多いです。

紘仁病院



 横断歩道を渡り,来た方向から直進する方向に東に進んでいきます。すると,少し歩いた先に紘仁病院が見えてきます。この南には森孝病院もあり,病院が集まっている地域になりますね。

弘法堂



 病院の先を道なりに進んで左手から来る道に合流するように進み,さらに東に100メートル強進んでいきます。この道は左手の北側が尾張旭市,右手の南側が守山区になっています。この次の交差点を右折し,約200メートル進むと,左手に弘法堂が見えてきます。毎年4月21日に近い日曜日にお供え物を持参し,参詣者に施されるそうです。左側には,秋葉社,津島社があります。

ゴール:四軒家バス停



 そのまま出来町通に出て左に曲がり,200メートル強進むとゴールの四軒家バス停です。市バスの基幹バスの終点にもなっており,栄,名鉄バスセンター,藤が丘駅などにバスで行くことができます。庶民の信仰が感じられ,ちょっと歩くにはいいコースでした。



写真使用数:24

←前:喜多山・大森コース / 名古屋市守山区 / 次:志段味コース→

参考資料

守山探検隊:森孝・四軒家地区散策コース 外部リンク
[↑これをベースにして,一部の観光地・史跡を加えてめぐっています。]

ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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