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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

名古屋市守山区:守山中央コースMORIYAMA CHUO

2015年1月探訪。2015年4月13日作成

【コース】
市バス・矢田川橋バス停→宝勝寺→守山城址→白山神社→誓願寺→守山市役所跡→守山瓢箪山古墳→利海寺→小幡城址→すいどうみち緑道→大永寺→アサヒビール名古屋工場→川嶋神社→市バス・川村口バス停

【地図は準備中です】

【目次】
矢田川橋から守山市役所跡周辺へ
守山駅周辺からすいどうみち緑道へ
瓢箪山古墳・小幡城跡付近をめぐる
大永寺・川嶋神社周辺をめぐる
参考資料

 今回は,守山区の中央部の史跡をめぐるウォーキングです。JR中央線の東側の地域は,古くからの城址や古墳のほか,瀬戸街道沿いに社寺が点在しており,この地域の歴史や文化を知ることができるウォーキングが楽しめます。今回のコースは,守山区史跡散策路の「城跡と寺社めぐり」コース,および守山探検隊「守山市・名古屋市合併記念碑,守山市役所跡を訪ねて」コース,「すいどうみち緑道と周辺史跡散策」コースをベースにめぐったものになります。

矢田川橋から守山市役所跡周辺へ

スタート:矢田川橋



 市バスの矢田川橋バス停が今回のスタートになります。バスの本数は多くありませんので,鉄道の方がいい場合は,名鉄の矢田駅から歩いて5分ぐらいで来ることができます。目の前の矢田川には,名鉄瀬戸線の電車が走ります。ちょうど,この付近は東区の矢田コースでも訪れました。

矢田川橋緑地



 矢田川橋から矢田川の北側を西に進む道に入ります。すぐ目の前には矢田川橋緑地が広がり,河川敷の広場が広がっています。

宝勝寺



 そのまま矢田川橋から100メートル強進んだ3つ目の筋を右に曲がり少し進むと,宝勝寺(曹洞宗)の入口の階段が見えてきます。玉峰山と号し,この北にある大永寺の住職であった大渓良沢が守山城跡に寛永14年(1637年)に建立した寺院です。この地において徳川家康の祖父にあたる松平清康が,天文4年(1535年)にいわゆる「守山崩れ」によって死去しており,その菩提をとむらうために建立されました。



 本堂の様子です。本尊は観世音菩薩ということです。

守山城跡



 宝勝寺の本堂前右側の方から出て,出たところを左に曲がって150メートルほど進むと,城跡荘というアパートの裏手に守山城址の碑があります。平山城で,築城年代や創建者などは不明ですが,大永6年(1526年)に大規模な連歌の会が催されたとの記録が残っているそうです。徳川家康の祖父の松平清康が,天文4年(1535年)に守山城の織田氏を攻略するために大規模な布陣を敷きましたが,家臣により殺害されてしまうという事件がありました。この事件を「守山崩れ」といい,これによって松平氏は勢力を失い,今川氏の傘下に入るようになってしまったといいます。この事件が起こらなければ,松平氏は織田氏と対抗する勢力になり,歴史が変わっていたかもしれません。



 城址から見た景色です。城址付近は高台になっているので,眺めはいいです。ここから周囲を見渡せるということで,城には最適の場所になっています。

白山神社



 守山城址から少し戻ったT字路を左に進み,そのまま約100メートル進むと白山神社の西側の入口になります。入口には樫水神社という神社が立っています。



 そのまま進むと拝殿が見えてきます。白山神社の創建年は不詳ですが,明治25年に濃尾地震で倒壊したものを改築した拝殿と本殿になっています。この本殿は守山白山古墳という古墳上に建っています。古墳は長さ98mの前方後円墳で,発掘の結果円筒埴輪が出土しています。上志段味にある国史跡の白鳥塚古墳と並び,区内でも大型の古墳になっています。



 神社の入口側から出ます。こちら側から見ると,本殿のあるところが一段高くなっていて,古墳上に神社があることがよくわかります。

瀬戸街道旧道



 白山神社の南側の出口から出て左に進み,突き当りを左に曲がってすぐに右に曲がると瀬戸街道の旧道になります。古い民家が残っていて,旧街道であった様子が名残としてうかがえます。瀬戸街道は,現在の名鉄瀬戸線に沿って名古屋市内と瀬戸とを結んでいました。

誓願寺



 そのまま次の筋を左に曲がると,目の前に誓願寺(浄土宗)が見えてきます。元禄12年(1699年)の創建で,宝暦年間,尾張藩の家老竹腰家の家臣岡嶋宗感が,当寺の荒廃状況を見て発願し再興したということです。山門や本堂などは古い感じで非常によいムードのお寺になっています。

町北の天王社



 誓願寺を出て左に曲がり,次の突き当りを右に曲がって現在の瀬戸街道に出たところに,町北の天王社があります。前回の瀬古・幸心コースでもそうでしたが,守山区には天王社がとても多いですね。津島神社の信仰が各地に浸透していて,それがきちんと残されているようです。

守山市役所跡(守山図書館)



 ここから約200メートル瀬戸街道を東に進んでいくと,守山図書館があり,その前には守山市役所跡があります。昭和29年(1954年)に当時の守山町に志段味村が合併して守山市が誕生し,昭和38年(1963年)に名古屋市に編入されるまで単独の市政でここに市役所がおかれました。

名古屋市・守山市合併記念碑



 瀬戸街道をそのまま約150メートル進むと,守山交差点があります。横断歩道を渡ったのちに左に曲がり,約100メートル進んだゆとりーとライン守山駅を越えた先にある守山生涯学習センターの前に,名古屋市・守山市の合併記念碑があります。太いパイプを通して名古屋市と守山が結ばれている様子を表現しているということです。


守山駅周辺からすいどうみち緑道へ

守山自衛隊前駅



 「守山」の交差点に戻り,ゆとりーとラインの高架に沿って南に進みます。すぐに名鉄瀬戸線の踏切があり,守山自衛隊前駅がすぐ前に見えています。ただし,駅の出入り口は反対側になります。

廿軒家神明社



 踏切を渡って,約100メートル弱,下り坂を進んで3つ目の筋を左に曲がり,さらに道なりに150メートルほど進むと,廿軒家神明社の入口があります。創建は元和年間(1615年〜)と伝わり,犬山城主の成瀬隼人正成が同地に召し抱えた同心が天照大神を祭神とする神明社を創建したといわれています。その後,この地で長い歴史を経てきましたが,ホームページに詳しく書かれていました。

廿軒家神明社 外部リンク



 境内の様子です。徳川の葵の紋がある拝殿が印象的で,徳川家とゆかりがある神社という印象を受けました。

松蔭庵



 廿軒家神明社を入った入口と同じところから出て,そのまま進んで約100メートル,突き当りを右に進み,すぐに左に曲がります。そのまま200メートル強進んだ2つ目の左に入る筋を進み,すぐに右に曲がると,松蔭庵が見えてきます。森に囲まれた建物になっていますが,如来教という仏教系の宗教の寺院だそうです。

天王社



 松蔭庵から,右に入る前のところに戻り,来た方向から直進する方向に北に向かいます。約300メートル進み,名鉄瀬戸線の踏切を越えて進むと,瀬戸街道との交差点になります。ここには,先ほども同じ名前の神社が出てきた天王社があります。ここの天王社は,瀬古地区でも出てきた赤い色をした社殿になっています。

すいどうみち緑道入口



 瀬戸街道を越えて直進していくと,すいどうみち緑道の入口になります。犬山で木曽川から取水された水がこの緑道の下をずっと通って,名古屋市内の水道水になります。この緑道は守山区の中でも桜の名所として知られています。この西側には守山の陸上自衛隊駐屯地があります。



 入口にはブロンズ像があり,ここから散策路が続いていきます。守山区内の散策路だけでも2.5kmあり,しばらくはこの緑道に沿って進んでいきます。



瓢箪山古墳・小幡城跡付近をめぐる

守山瓢箪山古墳 [市史跡]



 すいどうみち緑道を進んで,次に道路と交差する点を右に曲がり,約250メートル進んだ3つ目の左の筋を進むと,すぐに守山瓢箪山古墳[市史跡]が左手に見えてきます。小幡の台地の南端に位置する古墳で全長63メートルの前方後円墳です。出土した埴輪などから5世紀末から6世紀初頭にかけての築造と考えられ,保存状態も良好で貴重な文化財になっています。



 先に進んで古墳の反対側には,大きな案内板も設置されています。

利海寺



 そのまま約100メートル進んだ広い道の突き当りを右に進み,守山小学校の真裏に当たる2つ目の左に入る筋を入って100メートルほど進むと,利海寺(臨済宗妙心寺派)があります。安休山と号する釈迦如来を本尊とする寺で,室町時代の元亀年間(1570〜73)に中区の白林寺の和尚によって建立され,明鏡山圓福寺と称しました。当時は山下の低地にありましたが,庄内川の氾濫による水害に悩まされてきたために,宝暦4年(1754年)に現在地に移されて,今の山号になったということです。



 境内の様子です。山門は新しい感じでしたが,こちらは少し年代物のようです。

浄土院



 利海寺の前のところを右に曲がり,約100メートル進むと,左手に守山幼稚園と浄土院(浄土宗)が見えてきます。一条山と号し,阿弥陀如来を本尊としています。隣接する守山幼稚園を経営しています。

小幡城跡



 浄土院から200メートル少し進み,守山中学校の奥の交差点を左に曲がって,300メートル少し進みます。後半は上り坂になります。すると突き当りの駐車場のところに小幡城跡の案内板が立てられています。大永2年(1522年)に築城されたと伝わる東西約200メートル,南北70メートルにわたる城で,当時の織田家の家臣であった岡田重篤が築城したといわれています。家康の祖父にあたる松平清康が軍をすすめた際は重要な拠点となりましたが,のちに廃城となりました。天正12年(1584年),家康が小牧・長久手の戦いの際に修復して,活用されたということです。



 小幡城跡付近からの眺めです。この付近は高台に位置し,周囲を見渡せる環境になっています。かつての城があった名残ということがいえそうです。

すいどうみち緑道の桜 [4月撮影部分]





 小幡城跡のところの階段をおりて,階段下を左に曲がり,100メートル進んだ団地の入口の突き当りを右へ,続いて次の道を左に進みます。道なりに200メートル強く進んで,右手の水路沿いの道に入り,さらに150メートル弱進むと,すいどうみち緑道の遊歩道に戻ってきます。この遊歩道付近は,桜の時期はとてもきれいになります。

山下公園とその付近の桜 [4月撮影部分]



 すいどうみち緑道を200メートルほど進むと,右手に山下公園があります。この付近は,守山区でも有数のサクラの名所の1つになります。





 山下公園南側の古川沿いも桜並木が続いています。桜の時期にのんびり散策するのはよい場所ですね。



大永寺・川嶋神社付近をめぐる

熊野社



 山下公園の南西の交差点,古川との合流点から,来た方向から見て左に進んで西に向かい,約200メートル進んだ「大永寺南」交差点の横断歩道を西側に渡って,右に曲がり北に進みます。200メートル強進んだ次の左に入る筋を進むと,すぐに熊野社があります。元和3年(1617年)創建と伝わるこの付近の村社で,他に7社が合祀されています。

水屋



 さらに50メートルほど進むと,水屋の家が見えてきます。現在の古川(旧:白沢川)の下流域にあたるこの地域は,やはり昔から水害が多かった地ということで,この付近の豪農クラスは,石を積み上げた石垣の上に蔵や家を建てた水屋を営んで,水害に備えました。瀬古地域の東春酒造でも水屋を見ましたが,この付近にも立派なものが残っています。

大永寺



 水屋のところからさらに50メートルほど進むと,右手にこの付近の地名にもなっている大永寺(曹洞宗)が見えてきます。寿昌山と号する古刹で,もともとは建久元年(1190年)にこの付近を支配した山田重忠が小幡に建てた寿昌院を由来としています。大永元年(1521年)に重忠の末裔の岡田重頼が再興して,その際に大永寺と改めましたが,その後戦火で焼失し,名古屋城築城の残材で現在地に再建されました。




 境内の本堂の様子です。平成8年に鐘楼を除いた建築物が改築され,きれいな本堂になっています。本堂左手には岡田家代々の墓石が並び,境内には樹齢500年のラカンマキと樹齢400年のイヌマキがあって,古刹にふさわしい風格をただよわせています。

川田公園付近



 大永寺の南東に当たる交差点に戻り,戻る方向から見て左に曲がって北に進みます。約150メートル進んで広い道に突き当たり,ここを左に曲がって「西川原」の交差点で横断歩道を渡り,さらに250メートルほど進むと川田公園が見えてきます。

アサヒビール名古屋工場



 川田公園の北西の角を左に曲がり,約100メートル進むと,アサヒビール名古屋工場の建物が見えてきます。事前に予約をしておけば,工場の見学と試飲もできるということで,工場見学にはぴったりの場所になります。

すいどうみち緑道 [4月撮影部分]



 アサヒビール名古屋工場から戻る方向に東へ400メートル強進むと,再びすいどうみち緑道に戻ってきます。この付近まで桜はずっと続いています。

川嶋神社



 すいどうみち緑道を約200メートル北上した,3つ目の筋を右に曲がり,約150メートル進んだ「川村口」の交差点で横断歩道を渡って,ゆとり―とラインの高架のある道路の右側を進むと,約50メートル先の右手に川嶋神社が見えてきます。平安時代の延喜式神名帳にも「山田郡川島神社」と名前がのる格式高い式内社で,平安時代初期(807年)尾張の国の連、沖津世襲が白沢川新堀割落口近くに創建したのが始まりということです。その後,川村集落のこの地点から1km西の元宮ということに移動し,さらに現在地まで移動したとのことです。



 境内の様子です。整理された境内の様子が印象的で,鉄筋コンクリート造りですが,格式の高さがうかがえました。犬をいれないでくださいの看板が多く,本当に困っているみたいですね。県指定の無形民俗文化財である守山の棒の手[県指定]がここを中心に行われています。一時期衰えましたが,最近は後継者も育ってきているということです。あともう一つ,大森地区でも棒の手が行われるようです。

[県指定] 守山の棒の手 文化財紹介ページへ

ゴール:川村口バス停



 川嶋神社から「川村口」交差点に戻り,ゆとりーとラインの高架に沿って進んでいくと,やがてゴールの川村口バス停です。JR新守山駅,名鉄小幡駅方面にバスが出ています。ゆとりーとラインを利用したい場合は,川嶋神社から反対に東方向に進んで300メートル強で,川村駅があります。



写真使用数:43

←前:瀬古・幸心コース / 名古屋市守山区 / 次:小幡コース→

参考資料

名古屋市守山区:史跡散策路:城跡と寺社めぐりコース 外部リンク
守山探検隊:守山市・名古屋市合併記念碑、守山市役所跡を訪ねて 外部リンク
守山探検隊:すいどうみち緑道と周辺史跡散策コース 外部リンク
[↑これをベースにして,一部の観光地・史跡を加えてめぐっています。]

なごやかウォーク40(守山区):すいどうみち緑道散策コース 外部リンク
名古屋市観光情報(名古屋コンシェルジュ) 外部リンク
名古屋市ホームページ内 文化財のページ 外部リンク

ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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