本文へスキップ

ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

名古屋市名東区:高針コースTAKABARI

2015年3月探訪。2015年5月22日作成
2018年2月20日再構成・地図掲載

【コース】 距離:約7.1km
 区南東部の高針地区と牧野ヶ池周辺をめぐります。新しい住宅地を抜けながら,昔ながらの社寺と牧野ヶ池周辺の自然を楽しむコースになります。

 名古屋市バス・山ノ神バス停〜神丘公園〜おもかる地蔵〜山之神地蔵菩薩〜東勝寺〜済松寺〜高牟神社〜蓮教寺〜宮島考古資料館〜勝野太郎左衛門頌徳碑〜牧野ヶ池緑地〜善光寺〜一念寺〜名古屋市バス・東名古屋病院バス停


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:名古屋市バス・山ノ神バス停



 今回のスタートは名古屋市バスの山ノ神バス停です。幹星丘1号系統を利用して,地下鉄東山線の星ヶ丘駅から約7分で来ることができます。本数は名東本通を通る基幹系統ということで,梅森荘行と循環系統を合わせて1時間に8本程度運転されていますので,アクセスは便利です。山ノ神という地名は,近くに山の神が祀られていたことからこの地名になったといいますが,現在は完全に宅地化されてしまい面影が全くありません。その山の神は,現在は高針にある高牟神社に合祀されているといいます。

神丘公園
神丘町3





 山ノ神バス停の南側ののりばから南に入る道を進み,上り坂を道なりに進んで約300mで神丘公園が見えてきます。住宅地に囲まれた都会のオアシスになっている公園で,公園内にある大きなデッチョ(デッチョウ)池がシンボルです。デッチョ(デッチョウ)というのは,この付近のでっぱった丘陵のことを表したものだそうです。鳥のさえずりを聞くこともでき,ウォーキングなどを楽しむ人も多く訪れます。この付近の神丘という地名は,元々の山ノ神から取られた地名といいます。

山之神地蔵菩薩
高間町501付近



 神丘公園に突き当たった道を左に進み,続いて突き当りを左折します。そのまま200m強進んだ先の「神里」交差点を横断歩道を渡って左折し,続く筋を右折して100mほど進んだバス通を横断歩道を渡って右折すると,すぐの駐車場の東におもかる地蔵があります。お地蔵さんの重さが変わるという不思議なもので,願いが叶う時は軽く,かなわない時には重くなると言い伝えられています。



 右に進む前の交差点に戻って,そのままイオンメイトピアの前を北上する筋を進みます。ここのイオンもウォーキングの休憩地点として活用できます。



 イオンを左に見ながら100mほど北上すると,左手に山之神地蔵菩薩がまつられています。山の神地蔵という石碑がありますが,詳しいことはわかりません。



 山之神地蔵菩薩から引き返して,メイトピアの南のバス通りに戻って通りを渡り,左折して西に進み,100mほど先の植田川を渡る橋を渡った先を右折して川沿いに進みます。植田川と名二環の高架や国道302号線の間を通りながら進みます。

東勝寺
高針1-1212



 植田川沿いを300mほど進むと名東本通に突き当たるのでここを左折し,続く「高針橋東」交差点を渡って100mほど進むと左手に旧中馬街道が分岐します。名古屋から南信州の飯田を結ぶ街道は,この南の平針を通っていますが,名古屋から東にずっと伸びて末盛城から高針を通り日進市岩崎城を通って飯田街道に合流する道がここを通り,名古屋から南信州を最短で結ぶこの街道は大いに賑わったといいます。名東本通から分岐するこの付近は,馬と馬方が宿泊した宿・馬小屋があったといい,馬を用いた信濃と名古屋の交易は,明治の中ごろまで続いたといいます。





 旧中馬街道が分岐した先の高針街園の先の筋を左折して50mほど進み突当りを右折して50mほど進むと左手に東勝寺(真宗大谷派)があります。伝忠山と号し,創建は不詳ですが元々は伝忠坊と称する天台宗の寺院だったといいます。その後,高針城主加藤勘三郎の弟にあたる加藤勘右衛門が祐伝と号して顕如上人に帰依し,屋敷内に寺院を移築して東照寺と称したといい,のちに現在の寺号となりました。境内は天明7年(1787年)に再建されたという歴史ある建物で,境内にはクロマツやクロガネモチの保存樹もあって落ちついた空間になっています。本尊には清蔵坊という寺にあったという草庵の名前が刻まれているといいます。また,この寺のお灸は諸病に効用がある名灸として知られているそうです。

済松寺
高間町501付近



 東勝寺からさらに東へ道なりに200m強進むと済松寺(臨済宗妙心寺派)があります。大龍山と号し,花園法皇が諸国に禅宗の普及を命じた14世紀の創建といわれています。当初は瑞松院と称しましたが,享保3年(1718年)に現在の寺号に改めました。その後無住になりましたが,大府の鷹羽知観尼が再興したといいます。歴代の庵主はお針,華道,茶道などを通じて子女の啓発に努めたといい,昭和27年(1952年)には現在の保育園が開園したといいます。本堂,庫裡は大正10年(1921年)の再建という歴史を持ち,本尊の十一面観音は秘仏で33年ごとに開帳されるといいます。境内には室町時代作という道祖神(石像)があったといいますが,現在は牧の原小学校南の西山説教所に移されたといいます。

高牟神社
高針2-1112





 済松寺からさらに50mほど進んで突当りを左折し,道なりに100mほど進むと高牟神社があります。創建は不詳ですが平安時代の延喜式神名帳にも名前がある式内社といわれ,旧高針村の氏神として地域から篤い崇敬を受けてきたといいます。元々は八幡神社と称しましたが,昭和25年(1950年)に現在の社名に改められました。社殿は平成6年(1994年)に旧社殿が焼けたために,平成8年(1996年)に再建されたものといい,社宝には春岱師作の狛犬一対が残っているといいます。境内には牧野池を掘削した勝野太郎左衛門を祀る敬徳殿(護国社)と,馬の塔に使われるという大鳥毛馬標及び馬具[市民俗]が保存されているという高針文化財保存庫があります。また,秋の大祭の際には高針棒の手[市民俗]が奉納されるといいます。また,境内付近は加藤勘三郎が城主を務めたという高針城があったと伝わっています。

蓮教寺
高針4-865 [公式HP(外部リンク→)]







 高牟神社から100mほど先の公園を越えた信号のところを右折し,突当りを左折します。さらに100m弱進んだ突当りを右折して100mほど進むと,蓮教寺(真宗高田派)があります。法雲山と号し,創建は長徳年間(995〜998年)にさかのぼるという古刹で,源頼光が尾張守に任ぜられたときの建立と伝わります。当初は天台宗に属し,高針山と号しました。永禄元年(1558年)または4年に真宗高田派に改宗し,蓮教院、蓮華蔵教院、明眼寺とも称されたといいます。現在の寺号になったのは元和3年(1617年)といい,正徳6年(1716年)に現在地に移されました。現在の伽藍は18世紀末から19世紀初頭にかけて整備されたものといい,江戸末期の『尾張名所図会』でも紹介されているといいます。境内の本堂[国登録]は宝暦8年(1758年)建築の棟札があり,その後江戸末期に増築され,最近では平成16年に改修されたといいます。その他に文化9年(1812年)建設の書院および山門・脇塀,宝暦13年(1763年)建設の庫裡,明治15年(1882年)建築の鐘楼[ともに国登録]が国の登録文化財に指定されており,江戸時代後期の古刹の姿を今に伝えています。境内のクロマツ,クスノキ,アベマキの保存樹や季節の花も楽しめ,ゆっくりと時間を過ごしたい空間になっています。境内西側には同寺の塔頭である梵音寺本堂[国登録]があり,寛政10年(1798年)の建設です。





 蓮教寺の先の筋を右に入り,続く分岐点を真ん中の細い道に入ります。この付近は昔ながらの農村の雰囲気が残る,この地域では珍しい場所です。分岐点付近では,昔ながらの東古谷の公会堂やこの付近のシンボルのヤマモモの木を見ることができます。ここの分岐点をまっすぐ上り坂を進みます。途中は高台になっており,一部景色も楽しむことができます。

宮島考古資料館
松井町140



 蓮教寺の先の分岐点から道なりに200m強進むと,左手に宮島考古資料館があります。個人宅を改装して設けられた資料館で,名東区付近に広がっている東山古窯群から出土した土器を中心とした展示になっています。この付近の古代の雰囲気を身近に感じることができます。昭和52年(1977年)に宮島郷土資料館から改称して現在の名前になりました。なお,開館は不定期のため,見学の際は事前に問い合わせてからの方がいいでしょう。

勝野太郎左衛門頌徳碑
猪高町高針牧



 宮島考古資料館から100mほど進むと旧中馬街道に至ります。ここを左折して先の「新宿」交差点で名東本通を渡って右折し,続く筋を左折して200mほど進むと牧野ヶ池に突き当たります。ここを右折し,池沿いに100mほど進むと池沿いの公園があります。トイレの設備もあり,春は桜も咲き乱れる自然を感じられる場所なので,ウォーキングの拠点にしましょう。



 300mほど公園をぬけて進んだ高台には勝野太郎左衛門頌徳碑があります。尾張藩の郡奉行であった勝野太郎左衛門は,この高針の地が相次ぐ干ばつで作物が枯死し,村民が窮状におちいっていることを知り,この地にため池を開削することを決意します。村民とともに数年の期間を要して池の開削を行い,大堤防を構築して正保3年(1646年)に現在の牧野ヶ池が開削されました。この碑は高針村民が彼を恩人として慕い,大正8年(1919年)に建立されたものになります。

牧野ヶ池緑地
猪高町高針梅森坂 [公式HP(外部リンク→)]







 勝野太郎左衛門頌徳碑から,牧野ヶ池を左手に見ながら池の周りの遊歩道を進みます。牧野ヶ池は面積約17ha,周囲3kmに及び,愛知県でも第3位の面積を誇り,江戸時代の「尾張名所図会」にも記されている景勝地となります。







 遊歩道を約1.4km進むと,牧野ヶ池緑地の東側に至ります。牧野ヶ池緑地は名東区と天白区にまたがる広大な緑地で,この東側のエリアは広大な芝生広場が広がり,春には桜の名所としても知られます。芝生広場を南下して進んだ先には多目的広場や,遊具などが設置されているぼうけん広場があり家族連れなどで賑わうエリアがあります。豊かな自然を感じながらウォーキングがおすすめです。

善光寺
梅森坂1-1157



 牧野ヶ池緑地の東口から出て,「牧野ヶ池緑地」交差点でバス通を渡り,そのまま直進して続く筋を左折すると,少し先に善光寺があります。昭和38年(1963年)に信州善光寺の連絡所として創建され,翌年に本堂が完成しました。昭和51年(1976年)からは単立の宗教法人となっています。本尊は善光寺の分身である一光三尊阿弥陀如来で,一つの後光の中に阿弥陀如来,観世音菩薩,勢至菩薩が立っているといいます。昭和32年(1957年)にタイ国からもたらされた仏舎利が,縁あって昭和44年(1969年)から安置されているといいます。



 「牧野ヶ池緑地」交差点に戻って再びバス通を渡り,左折して南下し300mほど進むと右手に一念寺(真宗本願寺派)[公式HP(外部リンク→)]があります。香昭山と号し,コンクリート造りの近代的な建物になっています。日進市にも分院があるといいます。

ゴール:名古屋市バス・東名古屋病院バス停



 一念寺の先,左手の横断歩道を渡って東名古屋病院の入り口にいったところに,ゴールの東名古屋病院バス停があります。地下鉄星ヶ丘駅まで,幹星丘1系統が約15分ごとにあり,約16分で戻ることができます。他にも幹本郷1系統が地下鉄東山線の本郷駅および鶴舞線の平針駅まで約30分間隔で運行されており,本郷駅まで約21分,平針駅まで約10分で行くことができます。

写真使用数:35

←前:一社・上社コース / 名古屋市名東区 / 次:香流川コース→

ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
rintaronagano□yahoo.co.jp
□は@に代えてください。

*このページは個人作成のページです。ページに関する内容を,管理者以外に問い合わせないでください。
*個人利用を超える利用をされる場合は,事前にご連絡をお願いいたします。
*永続的なサイト運営・更新を目指してバナー広告が挿入されています。ご理解とご協力をお願いいたします。



































【バナー広告】
<HP作成関連>










<旅行関連>



<お役立ち情報>