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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

名古屋市名東区:香流川コースKANAREGAWA

2015年3月探訪。2015年5月26日作成
2018年2月20日再構成・地図掲載

【コース】 距離:約9.0km
 区北部の香流川周辺の自然と史跡をめぐり,その後香流川緑地から明徳公園を経て藤が丘駅を目指します。桜の名所をつないでいくコースです。

 名古屋市バス・宮根バス停〜大石神社〜猪子石神社〜和示良神社〜猪子石原中央公園〜薬師寺〜兜塚〜月心寺〜猪子石神明社〜行者堂〜香流川緑道〜明徳公園(明徳池)〜藤森神明社〜了玄院〜明が丘公園〜地下鉄・藤が丘駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:名古屋市バス・宮根バス停



 今回は名古屋市バスの宮根バス停がスタートです。地下鉄東山線の一社駅から幹一社1系統を利用して15分程度で行くことができます。バスの本数は1時間に3本程度なので,あらかじめバスの時刻を調べてから利用すると安心です。

大石神社
山の手1-770



 宮根バス停の北にある「京命」交差点を右に曲がります。約100m進んだ次の筋を左に曲がると,約50mで右手に猪子石公園があります。グランドや芝生が整備された広々とした公園です。



 猪子石公園の西側に大石神社があります。この地には猪子石と言われる猪によく似た自然石があり,猪子石という地名にもなったといいます。大石神社には牝石と牡石の2つの石のうち,牝石がまつられており,小石が付着していることから「守り石」とか「子持石」といわれ,安産の神様として信仰されてきたといいます。かつては旧暦の8月1日に祭礼が行われ,夜半まで提灯がかかげられ石の周りで人々が踊ったといいます。



 「京命」の交差点に戻り,北に約300m進むと香流川を渡る橋にさしかかります。この付近の香流川は川沿いに桜並木が続き,花の時期は見事な景色になります。今回のコースはこの香流川沿いを何度も訪ねることになります。

猪子石神社
香坂520



 香流川を渡る橋から100m強進み,3つ目の交差点を左折します。さらに100mほど進んだ左手には猪子石神社があります。拝殿などはなく,階段上にご神体である猪子石の牡石が祀られています。牡石は猪によく似は2m弱の花崗岩で,半ば埋もれていますが,触るとたたりがあると神聖視されている石になっています。

和示良(かにら)神社
猪子石原1-503



 猪子石神社の先の交差点を左折し,そのまま200mほど,出来町通を渡って進んでいくと正面に和示良神社が見えてきます。創建は不詳ですが,この地区の猪子石原の氏神として信仰を受けていたといい,明治41年(1908年)にこの地区にあった浅間神社と山の神神社を合祀して,村社にしたと伝わっています。現在では住宅地の中に残された貴重な信仰の空間になっています。



 和示良神社の入り口から東方向に50mほど進むと猪子石原中央公園に突き当たります。大きな広場を有する公園で市民の憩いの場になっているほか,豪雨時には雨水を一時的に貯蔵して洪水を防ぐ役割も持っている公園です。園内の巨大なワシントンヤシがシンボルになっています。

薬師寺
猪子石原1-808





 猪子石原中央公園の西側出口から南下し,突当りを左折して続く筋を右折し,続く突当りを右折すると右手に薬師寺(曹洞宗)があります。弘化4年(1847年)に恵雲座主が名古屋古渡(現,中区)から住居をこの地に移して創建したのが始まりといいます。現在の本堂は昭和29年(1954年)の再建といい,本尊の薬師如来坐像は秘仏で普段は見ることができないといいます。境内には西国33観世音石像をはじめ,庚申塔や山口街道沿いにあったという道標など猪子石原に古くから伝わる建造物があります。猪子石原の教育者で,私学校にて地域の児童に文学や人道を教えたという原栄吾の碑文が設けられています。



 薬師寺から東に戻って道なりに350mほど進むと,右手に兜塚の碑があります。天正12年(1584年)に徳川家康と豊臣秀吉が争った小牧長久手の戦いの際の跡地といいます。猪子石原は戦いの際の戦場になったと伝わっています。



 兜塚から西に戻って続く筋を左折し,出来町通に突き当たったら右手に進んで「猪子石原」交差点を目指します。交差点のところには基幹バスのバス停があります。基幹バスの新出来町線は昭和60年(1985年)に開通し,全国でも珍しい中央にバスレーンがあります。このバスレーンの開通により栄と引山が約35分で結ばれ,渋滞の影響も受けにくくなったといいます。





 「猪子石原」交差点で出来町通の南側に渡ったら,再び東方向に向かいます。100m弱進んだ釣具店の手前には,この付近ではひときわ高いモミノキがあります。また,その先の高木酒店の看板の先には,昔ながらのレンガ造りの煙突が残されています。

月心寺
神月町604





 高木酒店の煙突から西に戻ってすぐの筋を左折して南下し,突当りを左折して続く突当りを右折すると,左手に月心寺(曹洞宗)の入り口があります。松嶽山と号し,創建は不詳ですがかつて猪子石村に延命寺という天台宗の寺院があり,慶安2年(1651年)に蔵福寺と改名したといいます。その後,寛文2年(1662年)に元々猪子石城があったという現在地に移転して曹洞宗に改宗し,寺号を現在のものに改めて大永寺(現,守山区)の末寺になったといいます。山門は昭和45年以降に新築されたものですが,昔ながらの姿を再現してあるといいます。本堂正面にはクスノキの保存樹もあり,境内は厳かな空間になっています。境内西側には観音堂があり,明治18年(1885年)に蓬莱小学校から現在地に移された十一面観音立像などがあります。「蓬莱の観音」として江戸時代から信仰を受けていたといい,18年に一度御開帳されるといいます。堂の南側には「従是西南御留場」と刻まれた石碑があり,元々矢田川左岸の堤防上にあったといいます。矢田川と香流川の合流点付近が藩の大砲の演習場として使われていた際,立ち入り禁止の立て札として用いられたものといいます。境内東側には保育園が併設され,子どもたちの声で賑わいます。境内付近はかつては猪子石城があったといい,横地主水正の居城だったといいます。東西50間(約90m),南北60間(約110m)で二重堀を構えていたといいますが,小牧長久手の戦いの際に徳川家康によって焼かれたといいます。現在は遺構は何も残されていません。

猪子石神明社
神月町602 [公式HP(外部リンク→)]





 月心寺の南側の出口から出て東に進み,続く公園の手前の筋を左折すると猪子石神明社があります。創建は不詳ですが,猪子石村の氏神として古くから地域の信仰を受けていたといい,安永2年(1773年)に香流川のほとりから住民の総意もあって現在地に移されたといいます。現在の社殿は昭和39年(1964年)の改築で,境内はクスノキやアベマキなど4樹の保存樹がそびえ,緑豊かな境内になっています。境内には猪子石地区の土地区画整理事業の完成記念碑や御料地払下記念碑など猪子石の歴史を感じる史跡があります。毎年体育の日に行われる例大祭をはじめ,9月の秋分の日に子ども相撲が奉納されるなど地域文化の中心となっています。



 猪子石神明社に隣接して神明社資料館があります。昭和62年(1987年)の猪子石土地区画整理事業の完成を記念して設けられ,土地区画整理事業の資料とし,古くからこの地域のお祭で使われたという馬具や棒の手の道具などが保管されています。毎月第1日曜日やお祭の際にのみ開館しています。

行者堂
香流2-1405付近



 猪子石神明社の先の交差点を右折して公園の左の道に進み,150mほど進むと香流川沿いの並木道に突き当たります。ここを右折して200mほど進んだ中島橋を左折して渡り,2本目の筋を左折して道なりに50mほど進むと行者堂があります。修験道にまつわる建物といい,地域の信仰を感じられます。隣接して猪子石寿宝院の住職で,この地の教育に携わったという菊田縫之丞の碑が建てられています。



 行者堂から50mほど進んだ左手の古い建物は,旧香流小学校の校舎に用いられていた建物といいます。





 旧香流小学校の建物を越えた先の交差点を左折し,200m強進んだ3本目の筋を左折します。そのまま100mほど進むと香流川に突き当たるので,橋を渡って右折し川沿いを進みます。この付近の香流川沿いは名東区随一の桜の名所として知られ,春には多くのお花見を楽しむ人々が訪れます。







 200m強進むと名二環と国道302号線の高架に突き当たりますので,ここをくぐります。さらに500mほど進み,延珠橋を越えて,延珠人道橋まで進みます。桜並木を楽しみながらウォーキングしましょう。

明徳公園
猪高町猪子石廻間



 延珠人道橋を渡って,香流川の南側を川沿いに200mほど進み,2本目の筋を右折して100mほど進むと「明徳公園北」交差点があります。ここを横断歩道を渡って交差点の南東側に進むと明徳公園の北入口があります。明徳公園は東西600m,南北400mに及ぶこの付近では最大の敷地を誇り,昔の林の環境を残した公園で,完全に宅地化されてしまったこの付近に残る貴重な自然になっています。



 北入口から公園に入り階段を上っていくと,広場の前の景色がよい場所に出ます。自然を楽しみながら公園を散策しても楽しいでしょう。



 明徳公園の西側出口から出た先にはこの付近のシンボルタワーにもなっている猪高配水場があります。公開日にはタワーに登ることができ,名東区から名古屋駅に至る景色を一望できるといいます。



 出口のところには猪子石コミュニティセンターがあります。自然で楽しむことができる公園のそばに住民の交流の場が設けられ,工夫されています。





 続いて公園の東側に進みます。途中には遊具広場があって子供たちの歓声が響きます。公園の東側には明徳池があり,釣り池として市民に親しまれて,ヘラブナやザリガニも釣れるといいます。池の南の林の中には陶製の地蔵群をまつった地蔵堂があります。これらの地蔵は宝暦治水の際の工事の犠牲者をまつったものといいますが,背中には幕末に起こった佐幕派弾圧事件である青松葉事件の処刑者の名前が記されているといい,地蔵の由来は詳しくはわからないといいます。

藤森神明社
本郷1-22





 明徳公園の池の南側出口から出て右手に進み,そのまま約350m先の県道6号線を左折します。さらに200mほど進んだ「石が根」交差点を右折し,続く細い筋を左折すると,約350mで藤森神明社の参道階段のところに出ます。創建は不詳ですが,古くから藤森一帯(本郷,藤が丘,豊が丘)の氏神として信仰を受けてきた神社です。当初は現在地より約360m西にあったといいますが,いつの頃か現在地に移されたといい,昭和45年(1970年)に現在の社殿が設けられました。神社の旧地には「和尓良以神旧墟」と刻まれた小さな石碑がありましたが,現在は境内の西側に移されています。

了玄院
高柳町1402





 藤森神明社から進んで次の筋を左折し,先の名神高速の高架をくぐります。くぐった先の2つ目の藤森中学校の手前を左折して300mほど進み,「明が丘」の交差点の先2つ目を左折すると100m弱で了玄院(曹洞宗)があります。中田山と号し,文明2年(1470年)に藤森城主小関三五郎と伝えられる人物が,大永寺(守山区)の明嶽良哲大和尚を開山として創建したといいます。以前は現在の本郷2丁目にありましたが,昭和51年(1976年)に現在地に移転しました。堂内に祀られている弘法大師作と伝わる「延命子安地蔵菩薩」がよく知られ,安産を願う人々が遠方からも参拝に訪れたといいます。境内には行者像や開山塔などこの地区にまつわる史跡が多くあるといい,歴史を感じさせます。



 了玄院から東に戻って100mほど進むと明が丘公園があります。野球場も設けられている広大な公園で,昔の地形をそのまま生かした公園になっています。

ゴール:地下鉄東山線・藤が丘駅







 明が丘公園の先の交差点を右折し,2本目の県道を左折して約350m進むと,ゴールの地下鉄藤が丘駅が見えてきます。駅付近は春には約400本の桜が咲き誇り,「桜まつり」も行われるなど名東区の桜の名所として知られます。駅周辺は商店街や商業ビル,バスターミナルなどがあり賑やかな場所になっています。
 藤が丘駅からは地下鉄東山線に乗車して栄駅まで約23分,名古屋駅まで約28分で行くことができます。本数は日中でも4〜5分間隔で運転されており便利です。

写真使用数:39

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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