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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県東海市:加木屋コースKAGIYA

2018年7月探訪。2018年8月12日作成

【コース】 距離:約8.2km
 市南部の加木屋町をめぐります。普済寺,熊野神社,天王寺などの社寺と加木屋緑地,加木屋南公園,大堀緑道などの公園・緑道をめぐります。

≪コース≫ 知多バス・加木屋バス停〜普済寺〜加木屋緑地〜熊野神社〜天王寺〜神明社〜加木屋南公園〜大堀緑道〜三ツ池公園〜名鉄・南加木屋駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:知多バス・加木屋バス停



 スタート地点は知多バス横須賀線の加木屋バス停です。知多バス横須賀線を利用して,名鉄の尾張横須賀駅から約6分,高横須賀駅から約4分,JR東海道線の大府駅から約16分です。本数は1〜2時間に1本程度なので,バスの時刻はあらかじめ調べて利用しましょう。ちょうどいいバスがない場合は,名鉄高横須賀駅からの徒歩となります。

普済寺
加木屋町西御門23





 加木屋バス停から西に100mほど進んだ「白拍子」バス停を左折し,400m弱南下して次の広い筋を右折すると,100mほど先に普済寺(曹洞宗)があります。文亀元年(1501年)に長源寺(高横須賀町)の大中一介による創建といい,いくつかの末寺を持つ由緒ある寺院で,広い境内や立派な山門が印象的です。寛文6年(1666年)に耕地を増やすために高台の現在地に移されたといいます。寺宝は多く,文明14年(1482年)に逆翁崇順に書かれたという法要決疑論[市文化]は禅家の法要についての儀礼が問答形式で書かれたもので,創建した大中一介がさずけられて寺に代々伝わってきたものといいます。他にも大中一介が用いたという500年の歴史を有する2点の法衣[市民俗],室町から桃山時代に栄えた絵模様染である辻ケ花染を用いている南北朝時代の明人景昭筆という蓮華水禽図[市文化],釈迦が雪山へ修行にいって戻ってきた様子を描いた出山釈迦如来画像[市文化],中国唐時代の2人の人物寒山と拾得を描いた寒山拾得画像[市文化]などがあります。境内には久野襦鶴,早川都竺らの句碑があるといい,墓地には歌人・書家として知られる阪正臣,若菜夫妻の墓があるといいます。山門左側の木立には,尾張藩校明倫堂で教授でのちに加木屋の教育事業に尽くしたという中山梅軒の墓があるといいます。

加木屋緑地
加木屋町雉子野2-6







 普済寺から墓地の左手の上り坂を道なりに進んでいき,その先の突き当りを左折して名鉄の線路を越えます。そのまま道なりに400mほど進み,加木屋緑地の案内にしたがって右折すると,少し先に加木屋緑地の入口(第1駐車場)があります。13.9haの広大な面積を誇る緑地で,自然の地形を生かした緑地で,緑を楽しみながら散策できるクロスカントリーコースが整備されています。第1駐車場から階段を下りて北側には水辺の森ゾーンになっており,野鳥や昆虫が訪れる図賀奈池の周辺に遊歩道が整備されています。





 第1駐車場から西へ100m弱進むと左手に緑地の遊歩道が続きます。この先の右手からは東海市の最高峰である御雉子山(おきじやま:標高59.2m)への分岐点があります。この付近はかつてキジが多く生息したことから雉子野と呼ばれ,尾張藩主徳川光友がしばしばこの付近で鷹狩りを行ったことから御雉子山と呼ばれるようになったといいます。







 さらに先に進んだところはみはらしの森ゾーンになっており,展望台が設置されて東海市の南東方向の眺望を楽しめ,加木屋地区の住宅が広がっている様子がわかります。あずまややベンチも設けられていることからゆっくりと景色を楽しみましょう。この東斜面には市民による植樹が行われ郷土の森の再生が行われているといいます。



 さらに道なりに200mほど進んで分岐を右に進み,その先の突き当りまで進みます。ここの右手は成長の森ゾーンになっており,里山の自然を守りながら育てられているエリアになっています。なお,加木屋緑地の北の社山地区には社山古窯があるといいます。平安時代末期から鎌倉時代にかけてこの付近で瓦などが焼かれたといい,その瓦は京都の鳥羽離宮や法金剛院に,また熱田の神宮寺や大田町の観福寺にも使われたといいます。この北東の丘陵地帯にも権現山古窯という窯跡が見つかっており,焼き物の一大産地であったと考えられています。かつて焼き物の煙がたなびいた様子を想像しながら歩くといいでしょう。



 御雉子山山頂の東側100mほどには一乗山と号する妙法寺(日蓮宗)[公式HP(外部リンク→)]があります。

熊野神社
加木屋町柿畑66





 成長の森ゾーンの手前のT字路を東方向に進み,続く筋を右折します。そのまま200mほど進んで道に合流したら,さらに50mほど進んだ分岐を左方向に進み100mほど進み,突き当りを左折すると道路をはさんだ向こう側に熊野神社があります。寛永元年(1624年)に紀州熊野から祭神が勧請されたといい,『尾張志』には三社権現社と記されているといい,この付近の新田が開発された際に勧請されたものと考えられています。境内には御嶽社,山神社,金刀羅社,津島社,香良洲社が祀られているといい,落ち着いた雰囲気になっています。
 ここ加木屋町には御殿万歳[市民俗]の保存会があります。御殿万歳は一人の太夫と四人または六人の才蔵が扇を開いたように並んで七福神を滑稽に演じる万歳で,鎌倉時代後期に長母寺(名古屋市東区)の無住国師が伝えたという尾張万歳と,尾張藩主徳川光友が横須賀御殿を設けた際に三河の院内村(現,安城市)から移住した陰陽師が伝えたという三河万歳がルーツになっているといい,今も名古屋御園座は正月にこの御殿万歳で開幕するといいます。その内容は「鶴は千年,亀は万年」というせりふから始まり,御殿が設けられて柱の1つ1つに神様の名前がつけられ,見所である七福神の舞へと続いていくという大変おめでたいものといいます。江戸時代は盛んに上演されていましたが,昭和初期には横須賀町や加木屋町で細々と残るだけになったといい,これを危惧して昭和39年(1964年)に保存会が結成されて保存運動が図られています。この他にも太夫と才蔵が祝いことばを唱えながら家々を回る門付万歳や,鼓・胡弓・三味線などを使用する三曲万歳などが伝わっているといいます。

天王寺
加木屋町愛敬69







 熊野神社から南方向へ歩行者専用道を進み,突き当たったら右折して続く筋を南下すると50mほど先の右手に天王寺(曹洞宗)があります。愛敬山と号し,寛永18年(1641年)の創建といい普済寺の末寺といいます。本尊の毘沙門天立像[市文化]は行基作と伝わり,法海寺(知多市)に元々あったものが桶狭間の合戦の際に寺本城主の花井播磨守が落ち延びる際にうめたものといい,寛永18年に加木屋村の忠蔵の妻が陀々法師という場所の北にある石塚から掘り出したものと伝わっています。平安時代末期のヒノキの一木造で,市内では観福寺の十一面観音菩薩立像についで古い仏像といいます。

神明社
知多市原1-2-18



 天王寺から川沿いに南下して,県道に突き当たったら右折して800mほど南下します。県道が大きく右にカーブするところの十字路を左折して100mほど進むと左手に神明社があります。寛永12年(1635年)に北の八幡地区から移住した人々により創建されたといいます。
この北西の加木屋中学校から知多市八幡にかけての地域には平安時代末から室町時代(12〜15世紀)にかけて営まれた古い窯跡が見つかっており,留木古窯と呼ばれています。この窯では茶碗や小皿などの日常品が焼かれ,全国各地に運ばれたといいます。ここには鎌ヶ谷池という池もあります。鎌ヶ谷は「窯ヶ谷」から転じたものと考えられ,窯の多い谷を意味します。この鎌ヶ谷池は寺本村(知多市)に位置しますが,この地域はため池を作る場所がなく,寺本村のこの位置しかなかったといいます。そこで粘り強く交渉を続けて正徳3年(1713年)に土地を借り受け,この位置にため池を設けたといいます。川の少ない知多半島は水不足になることが多くため池が数多く作られましたが,この池はその1つといいます。



 神明社の入口から東方向に進んで,100mほど進んだ突き当りを右折し,200m強進んだ突き当りを左折すると,100mほど進んだところで県道に合流します。ここを右手に100mほど進んで左に入ったところには名鉄河和線の八幡新田駅があります。普通列車のみの停車ですが,15分間隔(休日の昼間は30分間隔)で電車があるためコースの中継地点としても利用できます。

加木屋南公園
加木屋町南鹿持16-1



 神明社から県道に出たところで北上し,「加木屋石塚」交差点を右折して名鉄の線路を渡ります。この先には陀々法師というバス停がありますが,この地名は「だいだらぼっち」とも呼ばれる大男が渥美半島から三河湾をまたいでこの地にやってきて,さらに伊勢湾をまたいで
鈴鹿の山へ行ったといいます。その時に残った足跡がこの近くにあった池になったといわれており,それが地名になったといいます。





 陀々法師のバス停から100mほど進んだ左側に加木屋南緑地があります。加木屋大池を中心に整備された公園で,池を回るウォーキングコースのほかに芝生広場や遊具を備えた広場など自然を感じられる公園になっており,池で釣りをする人々にも親しまれています。池をぐるりと反時計回りに自然を楽しみながら北西側に進んでいきましょう。

大堀緑道
加木屋町東大堀 など







 加木屋南公園から北西の県道側に出て県道を北上し,400mほど進むと右手に大堀緑道の入口があります。ここを流れている愛知用水の上に設けられた緑道で,総延長は540mに及び,水のせせらぎや季節の花も楽しめる緑道として人々に親しまれています。特に地元の人々によって植栽されたという東海市随一の芝桜の名所として知られ,4月末の花の時期にはお祭りも行われて賑わうといいます。愛知用水は木曽川水系から尾張丘陵部を経て知多半島へと続く全長112km(幹線水路のみの長さ)におよぶ用水で,昭和22年(1947年)の大干ばつから設置の機運が高まり,昭和36年(1961年)に完成しました。この用水の完成により知多半島に安定した農業,工業,生活用水がもたらされ,この地域の発展に大きく寄与しました。現在でも東海市の上水道には愛知用水が主に使われています。







 大堀緑道を抜けた先の信号を越え,愛知用水を右に見ながら150mほど進み,続く筋の右側の筋に入って100mほど進んだ児童館の先の筋を右に入って道なりに200mほど進むと右手に三ツ池があります。池の西側には遊具なども備えた公園があり,ゆっくりと自然を感じられます。元々3つの池があったことから三ツ池と呼ばれ,江戸時代の村絵図にも掲載されていましたが、一部が埋め立てられて公園になったといいます。

ゴール:名鉄河和線・南加木屋駅



 三ツ池の南側入り口のところから南100mほど進んで2本目の筋を右折し,300m弱下り坂を進んでいくと右手にゴールの名鉄南加木屋駅があります。急行や一部の特急も停車する主要駅で,急行を利用して金山駅まで約20分,名鉄名古屋駅まで約22分で行くことができます。急行は約30分間隔なので,ちょうどよい便がなければ普通列車で太田川駅まで行き,乗り換えてもいいでしょう。

写真使用数:30

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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