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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県東海市:名和コースNAWA

2018年7月探訪。2018年7月14日作成

【コース】 距離:約11.1km
 市北部の名和駅周辺をめぐります。東側の古代の人間の営みが感じられる貝塚・古墳などを巡ったのち,西側の工業地帯の産業観光地を訪ねます。

≪コース≫ 名鉄・名和駅〜(名和)秋葉社〜名和古墳群〜カブト山古墳跡〜(名和)八幡社〜平地公園〜早川三郎記念碑〜堂ノ前貝塚跡〜船津神社〜長光寺〜妙法寺〜愛知製鋼・鋳造技術の館〜ものづくりセンター〜ガスエネルギー館〜名鉄・名和駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:名鉄常滑線・名和駅



 スタート駅は名鉄名和駅になります。名鉄名古屋駅・金山方面から知多方面の急行または準急に乗車し,途中の大江駅で普通に乗り換えていくのが便利です。所要時間は金山駅から約17分,名鉄名古屋駅からは約20分です。金山駅から普通に乗車していくと,途中駅の待ち合わせ時間を含めて約25分になります。
 名和駅は明治45年(1912年)に愛知電気鉄道が伝馬町から大野町までの路線を開業させた際,名和村駅として開業しました。昭和22年(1947年)に現在の駅名になり,昭和54年(1979年)に高架化されました。東海市北部の名和地区の交通の中心になっています。

(名和)秋葉社
名和町一番畑44



 名和駅から東に出て「名和駅前」交差点を右折し,200mほど進んだ「名和」交差点を左折します。左折した先の道は知多と大高を結ぶ旧大高街道に当たります。100m弱進んだ右手に(一番割)秋葉社があります。創建は不詳ですが,元禄8年(1695年)に名和前新田が開墾され,この付近に集落が形成された際に設けられたと考えられ,防火の神が祀られています。記録によるとかつては荒尾町の観音寺の支配下にあったといいますが,由来などは不明といいます。かつては東の名和東保育園東の高台にあったといい,今でも秋葉という地名が残されています。



 秋葉神社から東に進み,「蓮池」交差点を越えた100mほど先の左手には大日大聖不動明王が祀られています。

名和古墳群(三ツ屋古墳群)
名和町三ツ屋33





 大日大聖不動明王のところから250mほど進んだ次の十字路を右折し100m強進むと左手に名和古墳群[市史跡]があります。6世紀前半の古墳時代後期に作られた円墳で,1〜3号墳の3基が確認され,別名三ツ屋古墳群とも呼ばれています。「名和古墳群」の碑がある1号墳は直径が約20m,昭和28年に行われたという調査では,中には平石を7・8段積み重ねた横穴式石室が確認され,杯,壷,器台などの須恵器や鉄鏃が出土したといいます。この地域の有力豪族の家族の墳墓として築かれたと考えられています。この東には4〜5世紀に築造された斎山古墳(名古屋市緑区大高町)もあり,古墳が集まっている地域になっています。斎山古墳の北の平地には菩薩遺跡という遺跡もあり,縄文時代から平安時代に至る多様な遺物が発見されているといいます。これらの出土品は東海市郷土資料館に展示されています。



 名和古墳群の北の街道をさらに東へ200mほど進んだところには寝覚の里公園があります。この付近は寝覚の里と呼ばれ,古代に東国を平定した日本武尊が,この地域を支配した尾張氏の娘である宮簀媛(みやすひめ)命と結ばれて穏やかな生活を送ったという伝説の地です。古代はこの付近まで海が入り込み,日本武尊は波の音で目覚めたころから寝覚の里と呼ばれるようになったといいます。東の名古屋市緑区内には寝覚の里の碑も設けられています(詳しくは名古屋市緑区大高西コースを参照)。

カブト山古墳跡
名和町欠下55付近





 名和古墳群から北の交差点に戻って左折し,続く筋を左折します。さらに2本目の筋を右折して上り坂を100mほど進むと,右手のマンションの前にカブト山古墳跡[市史跡]の案内板があります。マンションの西側に古墳跡と遺跡が広がります。4世紀末の古墳時代後期に作られた東西約43m,南北約49m,高さ約4.5mの円墳があったといい,標高20mの山の上に設けられたその姿は人々を圧巻するものだったと想像できます。明治の発掘調査では古墳の頂に粘土に覆われた棺を納める施設が設けられ,その内側には朱が塗られ,内側には小石が敷き詰められていたといい,銅鏡や鉄剣なども発見されたといいます。出土した県文化財の三角縁神獣鏡と六神鏡が名古屋市博物館に所蔵されています。尾張地区南部で最も古い時期に作られた古墳といい,あゆち潟と伊勢湾を支配した首長の墳墓と考えられています。古墳跡の西では弥生時代から古墳時代にかけての集落遺跡が発見されており,昭和47年(1972年)からの発掘調査では9棟の竪穴式住居の遺構が見つかったといいます。今後,古墳跡と合わせて史跡公園として整備される計画があるそうです。

(名和)八幡社
名和町姥ヶ懐82-2



 カブト山古墳跡の案内板から南西方向に道なりに300mほど進むと右手に(名和)八幡社があります。創建は不詳ですが,鎌倉時代に幕府の支配が広まった時期にこの地を支配した領主が勧請したものとも考えられています。その後,名和村の中島郷と呼ばれたこの地区の氏神として崇敬を受けたといいます。境内には八幡社貝塚[市史跡]があり,ハイガイを中心とした貝類と弥生時代中期の土器や石鏃,室町時代に至る中世までの瓦などが発見されています。はるか昔からのこの付近の人々の生活を今に伝える貴重なものといい,出土品は東海市郷土資料館にて展示されています。



 (名和)八幡社から南に進んで突当りを右折した先には「竜ノ脇」交差点があります。この交差点と北の「トドメキ」交差点の間付近にはトドメキ遺跡と呼ばれる遺跡があり,県道の新設工事に伴う発掘調査では,縄文時代から古墳時代にかけての土器や木器などが発見されました。また別の地点からは白鳳期の瓦が大量に見つかったことから,この付近にはかつて堂塔を備えた立派な寺院があったいい,名和廃寺跡と呼ばれています。



 なお,「竜ノ脇」交差点から北西に250mほど進んだところには薬師寺(曹洞宗)があります。南の長光寺の開山である牧翁運拾が元亀2年(1571年)にカブト山のふもとに寺を建立し,宝永年間(1704〜11)に火災で焼失したため,名和村庄屋小島庄助が村人と共に本尊の薬師如来を祀る堂を現在地に建立したといいます。

平地公園
名和町法秀1-1





 「竜ノ脇」交差点から南に進んで300mほどの「向田」交差点を左折し,400mほど道なりに進みます。県道に合流したらそのまま300mほど進むと右手に平地公園があります。自然を楽しめる前後池をはじめ,広大な芝生広場や野球場,テニスコートも備えた広大な公園になっています。特に安価で楽しめるゴーカートやおもしろ自転車などが子どもにも人気で,土曜・休日を中心に地元の人たちで賑わう場所になっています。時間に余裕があれば公園内をじっくりと散策するのもおすすめです。
 なお,平地公園と伊勢湾岸道の間の丘陵には名和城があったといわれています。城主は一色左京と伝わっていますが詳細は不明で,城跡も畑や荒れ地になってしまい,近年の開発もあいまって遺構は全く残っていないといいます。

早川三郎記念碑
名和町東垣内2-1付近



 平池公園から西に戻って600mほどの「山東」交差点まで進みます。ここには昭和27年(1952年)に設けられた県道の改修工事記念碑があります。



 「山東」交差点から100mほど北上した左手には早川三郎記念碑があります。名和村出身で県会の議員などを務めた早川三郎は,名和と熱田や大高とを結ぶ道路の新設や改修に尽力し,現在につながる交通網の基礎となりました。この碑は彼の古希(70歳)を記念して大正15年(1926年)に地元の有志が建てたもので,近くにある知多バスのバス停も記念碑前になっています。

堂ノ前貝塚跡
名和町堂ノ前



 早川三郎記念碑の先を左折し,250mほど進んだ十字路を左折します。さらに150mほど進んで道に合流する所に堂ノ前貝塚跡[市史跡]の案内板があります。案内板の少し南西にある約50m2の小規模な貝塚で,縄文時代から江戸時代にかけての遺物が発見され,特に江戸時代のハイガイ・サルボウ・カキ・シオフキなどの貝類や陶磁器類が多いといい,古い時代はこの付近が海に近かったことを示しています。昭和46年(1871年)に発掘調査が行われ,出土品は東海市郷土資料館にありますが,現在は貝塚跡は住宅の下にうもれてしまったといいます。

船津神社
名和町船津1





 堂ノ前貝塚跡から南に少し進んだ左手に船津神社があります。天慶2年(939年)に社殿が造営されたと伝わる古社で,航海の安全を願う多くの人々の信仰を受けたといいます。日本武尊が東国遠征の際にこの地に立ち寄り,ここに船がたどり着いたことから船津の地名となり,船を縄でつないだことから名和(なわ)の地名が起こったと伝えられています。毎年9月の第4日曜日とその前日には猩々(しょうじょう)メッタと呼ばれるお祭が行われます。猩々メッタという大きな人形が,バリンと呼ばれる割れた大竹を持って祭囃子とともに町内を歩き回るこの地区の伝統的なお祭で,バリンで頭を触ってもらうことで徳と福をさずかり,厄払いにも効果があると信じられています。

長光寺
名和町榎戸4





 船津神社から北に戻り,堂ノ前貝塚跡の案内板のある分岐を左に進み,さらに次の筋を左に進みます。続く筋を右に入ったところに長光寺(曹洞宗)があります。永禄13年(1570年)に没したという明室貞光大禅定尼による開基といい,本尊は運慶作という十一面観音で,他にも天文8年(1539年)以降の過去帳や数百通の古文書が保管されているといいます。他に名和出身で江戸末期の江戸相撲で活躍した力士浦右ヱ門の碑や江戸期の俳人成田子襲の塚などの古い石造物も残るといい,歴史を感じさせます。昭和60年(1985年)の本堂再建の際の発掘調査で製塩土器が出土し,この付近は古代には海に近く,専用の土器で海水を煮詰めて塩をとった製塩遺跡であることがわかりました。

妙法寺
名和町北脇20





 長光寺の前から南に向かう細い筋を150mほど進み,2本目の筋を左折した先に妙法寺(真宗高田派)があります。創建は不詳ですが親鸞聖人の弟子という顕智が寺を開いたと伝えられています。本尊は阿弥陀如来で,元禄9年(1696年)に小島庄八の寄進という薬師如来もあって祭の際には賑わったといいます。寺宝の阿弥陀如来像(画像)[市文化]は絹地に描かれ,阿弥陀如来の背後に円で表すという他には例のないものになっています。



 妙法寺の先の分岐を右に進み,道なりに右に曲がった先には庚申寺(曹洞宗)があります。青面金剛の庚申が本尊として祀られており,江戸時代作という寺宝も安置されているといいます。

愛知製鋼・鍛造技術の館
新宝町33-1 [公式HP(外部リンク→)]





 庚申寺からさらに西に進んで国道247号線に出て左折し,次の筋を右折して歩行者専用の踏切を渡ります。さらに150mほど進むと浅山新田公園があります。現在は工場地帯となっているこの付近は,寛保元年(1741年)に干拓された浅山新田です。名古屋の浅井七左衛門と大高村の山口弥七郎が開発したことから両者の名前の頭文字をとって名づけられたといいます。



 浅山新田公園の先,2つ目の信号を左折し,300mほど先の国道302号線の高架をくぐった先を右折して,国道の高架に沿って進みます。この付近は東海JCTと国道302号線,西知多産業道路が交差する交通拠点となっており,多くの車が行き交います。



 西知多産業道路を歩道橋で越えた先の階段を降りて,国道302号線の南側を西に進み,300mほど進んだ先を左折すると愛知製鋼・鍛造技術の館があります。平成12年(2000年)に開設され,愛知製鋼が培ってきたという自動車用鍛造品と知多半島に伝わる大野鍛冶に関する展示館になります。1階には自動車のカットモデルがあって,鍛造品がどこで用いられているかがわかるようになっています。また2階は鍛造品と大野鍛冶に関する2つのコーナーがあり,大野鍛冶に関しては鎌倉時代に鍛冶で作ったという用具の展示や,昭和初期の鍛冶屋の風景のジオラマなど,興味深い展示があります。基本的に平日のみの開館で,見学の際は予約が必要になります。

アロン化成ものづくりセンター
新宝町30-6 [公式HP(外部リンク→)]



 鍛造技術の館から東海JCTの南西の歩道橋のところに戻り,ここから北方向に300mほど進んだ「新宝町」交差点を左折します。100mほど先では名古屋臨海鉄道南港線の踏切を渡ります。名古屋臨海鉄道[公式HP(外部リンク→)]は笠寺駅を起点とする貨物専用線で,新日鉄住金や名古屋南貨物駅との間を結んでいます。



 さらに300mほど進んだ「新宝橋南」交差点を左折し,200mほど進むとアロン化成ものづくりセンターがあります。プラスチック加工などで有名なアロン化成のものづくりを紹介した施設で,平成23年(2011年)に誕生しました。製品の紹介や給排水設備,介護用品の体感などをすることができるといいます。見学には予約が必要です。



 ものづくりセンターの北側には新宝緑地運動公園が広がります。2面の野球場や多目的グランドなどを備えた広大な公園になっています。

東邦ガス・ガスエネルギー館
新宝町507-2 [公式HP(外部リンク→)]



 「新宝橋南」交差点に戻り,左折して高速道路の右側を300mほど北上すると右手に東邦ガス・ガスエネルギー館があります。東邦ガスがガスを中心に地球環境とエネルギーをコンセプトに設けている展示・体験施設で,暮らしの中で活躍している都市ガスについてや,化石燃料について,それらに関連して地球温暖化やエネルギー問題について学ぶことができるようになっています。施設内には実験ラボが設けられ,予約すれば次世代のエネルギーとして期待されているメタンハイドレートなどの実験を体感することができます。土曜日や祝日が休館日なので,見学する際はスケジュールを確認するといいでしょう。

コカ・コーラボトラーズ東海工場
南柴田町トの割266-18 [公式HP(外部リンク→)]





 ガスエネルギー館から南へ約600m戻って「新宝町」交差点に戻り,ここを左折して国道247号線を北上します。約400m進んだ「ニノ割」交差点を左折して200mほど進むと,コカ・コーラボトラーズ東海工場があります。約50分のプログラムで工場見学をすることができ,飲み物の製造工程を知ることができます。見学には予約が必要ですので,見学希望の際は事前に連絡しましょう。工場の前にはコカ・コーラの自動販売機も設置されています。

ゴール:名鉄常滑線・名和駅



 「ニの割」交差点まで戻り,左折して国道247号線を400m強西へ進みます。名鉄の高架の線路の手前の筋を右折し,300mほど進んで高架をくぐると,スタートした名和駅に戻ってきます。名鉄の普通列車を利用し,金山駅まで約17分,名鉄名古屋駅まで約20分(大江駅で急行または準急に乗り換え)で戻ることができます。本数は1時間に4本程度です。

写真使用数:32

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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