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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県大府市:健康の森コースKENKO-NO-MORI PARK

2018年9月探訪。2018年10月5日作成

【コース】 距離:約9.5km
 大府駅西口から健康の道を通り,周辺の社寺を訪ねながら話題の産直市場を経由してあいち健康の森公園を目指します。健康都市を感じる道です。

≪コース≫ JR・大府駅〜江端公園〜大府市保健センター〜森岡八幡社〜長澤寺〜常福寺〜JAあぐりタウンげんきの郷〜あいち健康プラザ〜あいち健康の森公園(薬草園・管理棟・こどもの森)〜森岡神社〜江端八幡社〜大日寺〜JR・大府駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:JR東海道線・大府駅



 スタート駅は大府市の中心駅であるJR東海道線の大府駅です。新快速も停車する主要駅なのでアクセスは便利で名古屋駅から14〜16分で来ることができます。本数は1時間に4本程度です。なお,朝夕に運転される特別快速は停車しませんので注意が必要です。今回は大府駅の西口に出てスタートしましょう。
 大府駅は明治19年(1886年)に武豊線(熱田〜武豊間)が開通した際には駅は設けられませんでしたが,明治20年(1887年)に東海道線が建設されるにあたって中間駅として開業し,翌年に浜松方面からの東海道線との分岐駅となりました。大府駅の南で武豊線がまっすぐ南下するのに対し,東海道線が左に大きくカーブして分岐するのは,東海道線が後から開通したことが理由になります。

江端公園
江端町4-101



 大府駅西口から出て西に進みます。この付近には健康の道や東浦町まで続くウェルネスロードなどのウォーキングコースが整備され,健康都市大府の雰囲気が感じられます。





 100mほど進んで鞍流瀬川を渡り,川沿いの道へ右折して進みます。続く筋を左折した先の左手の池の上には人間環境大学[公式HP(外部リンク→)]のキャンパスがあります。池の上に設けられた珍しい建物になっています。





 さらに進んだ先で整備された遊歩道であるふれあいの道に突き当たりますので,ここを右折します。ここからしばらくは健康の道の案内板にしたがって進んでいきましょう。100mほど進むと左手にみどり公園があります。ウォーキングコース横に整備された公園で,トイレやベンチなどもあって休憩地点としても利用できます。





 公園の先を案内板に従って左折し,その先の地下道を抜けて先の遊歩道を健康の道の案内板にしたがって右折します。右折して100mほど進むと左手に江端公園があります。この健康の道周辺では一番大きい公園で,健康遊具なども含めた遊具が充実し,グラウンドもあってスポーツで楽しむ人でも賑わっています。トイレもあって休憩地点としてゆっくり過ごすのもいいでしょう。

大府市保健センター
江端町4-18



 江端公園から健康の道の案内にしたがって公園の北側から出て進んでいきます。水路を渡った先を左折してすぐに右に入って進んだところにフィール・キャンパスがあります。飲み物などを仕入れるのにも活用できます。





 フィール・キャンパスの西に大府市保健センターがあります。健康の道などのウォーキングコースの起終点になっています。駐車場には健康の道の案内板も設けられています。隣接してシルバー人材センター,石ヶ瀬会館があり,この地区の文化の中心地になっています。



 大府市保健センターの西側から出て,100mほど南下し,右手の階段を降りて遊歩道に進みます。さらに突き当りを道なりに左に進んで200mほど進んで石ヶ瀬川に突き当たったら左折して川沿いに進みます。この道は桜並木が続く爽快な道になっています。この付近は永禄元年(1558年),緒川城主で織田方についていた水野信元と今川義元方の松平元康(のちの徳川家康)が争った石ヶ瀬の古戦場だったといいます。川を挟んで両軍が対峙したといい,勝敗はつかなかったといいます。戦国時代はこの付近は尾張と三河の国境にあたり、戦火の絶えない不安定な場所だったといいます。

森岡八幡社
森岡町1-258







 石ヶ瀬川沿いの道を進んで次の橋のところを右折して橋を渡り,200mほど南下すると右手に森岡八幡社があります。祭神は品陀和気命(応神天皇)で,創建は不詳ですが天正12年(1543年)に大破した社殿を大修理した記録があるといい,古くからの由緒ある神社といいます。次に訪れる長澤寺の棟札によると猪伏城主の黒沢氏の名前が願主にあるといい,地域の支配者にも保護された様子が伝わります。江戸時代は延命寺および長澤寺の支配下にあったと考えられています。昭和34年(1959年)の伊勢湾台風で,かつては老松や古杉が生い茂っていたという境内が大きな被害を受けて,修復されて現在の姿になったといいます。境内社として秋葉社があり,伊勢湾台風前までは山の神神社もありましたが,台風で社殿が大破したため現在は相殿になっているといいます。かつてこの付近は小字を社宮司といい,これはおしゃくじともいう山ノ神のことと考えられ,社名が地名となっていることから古い創建年代のものと考えられています。

長澤寺
森岡町1-258





 森岡八幡社の境内を通り抜けて西側から出て左手に進み,すぐの国道の下を通トンネルをくぐって200mほど進むと左手に長澤寺(曹洞宗)があります。正法山と号し,乾坤院(東浦町)の末寺といいます。寺の記録によると大永元年(1521年)に村内にあった長寿庵と寺の山上にあったという黒沢氏が居城した猪伏城が戦乱で焼失し,その菩提を弔うために現在地に寺が建立されたといい,長寿庵の「長」と黒沢氏の「澤」から寺名をつけられたといいます。その後,天文5年(1536年)に乾坤院の天室長祐が開山になったといいます。この地区の多くの棟札を所有しているといい,地域の歴史を語るうえで重要なお寺といいます。



 長澤寺から北に戻って,国道155号線をくぐるトンネルの右手に上がって左折し,国道155号線を西へ500mほど進むと「半月町1丁目東」交差点があります。この南付近は神明古窯群と呼ばれ、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての3基の窯跡などが確認されているといいます。鉢や壺などが発見されているといい,特に広口長頸壺や三筋壺が大府市ではじめて発見された場所といいます。

常福寺(知多四国6番)
半月町3-151







 「半月町1丁目東」交差点から南下して次の信号のところを右折してドラッグストアの前を通り,奥の公園を抜けて池の右手の細い道に入ります。150mほど進んで道なりに左に曲がって200mほど先の突き当りの交差点を右折し,続く筋を左折すると常福寺(曹洞宗)があります。萬年山と号する乾坤院(東浦町)の末寺で,建久年間(1190〜99)に壇ノ浦の戦いに敗れてこの地に逃れたという平景清により開創されたと伝わっています。この地で一門の供養を行ったという景清は,自ら千手世観音菩薩の木像を彫刻してお堂に安置したといいます。建保2年(1214年)頃に景清が亡くなると,この地の村人が景清をしのんで寺を建立し満年山常福寺と称したといい,寺名の由来は常に景清の冥福を祈る寺といいます。のちに山号が現在の萬年山に変更されました。なお地名の半月町は,景清が千手観世音の木像を彫刻するのに半月かかったことに由来するといいます。天文15年(1546年)に火災にあい,慶長14年(1609年)に敷地が寄進されて観音堂と別に客殿,庫裏などが設けられたといいます。その後,宝永5年(1708年)に諸堂が東に移されましたが,安政4年(1857年)に再び現在地に本堂建立が発願され,明治9年(1876年)に完成したといいます。境内は本堂や弘法堂のほかに様々な石造物もあり,この地で活躍したという花井保苗や禅寺らしい落ち着いたたたずまいが魅力のお寺です。





 常福寺の東側から出た右手には生目八幡宮が祀られています。景清に由来があるという宮崎の生目神社から勧請したといいます。

JAあぐりタウンげんきの郷 [一部有料施設]
吉田町正右ェ衛門新田1-1 [公式HP(外部リンク→)]





 生目八幡宮から東側の道路に出て右折し,200mほど進んだ「半月町3丁目」交差点を左折します。そのまま300mほど進んだ「健康の森公園西」交差点を右折すると,少し先にJAあぐりタウンげんきの郷があります。日本最大級の産地直売所として平成12年(2000年)にオープンし,産地直売所をはじめ,レストランや農業体験施設,入浴施設などを備え,イベントなども活発に行われる一大観光地で,年間200万人以上の人が訪れます。産地直売所のはなまる市は広大な面積を誇り,季節に応じた種々の野菜が並ぶ様子は見るだけでも楽しめます。隣接して総菜などの加工食品を製造するできたて館や近隣の山海の幸を味わえるげんき横丁,さらに花の販売が行われているさんハウス四季があります。



 その北側には平成24年(2012年)にオープンしたすくすくヶ丘があり,知多半島の物産館やフードコート、子供連れのためのキッズスペースなどがあって家族連れに人気の施設になっています。はなまる市の西側には農業体験施設のあすなろ舎があり,農業以外にも様々な講座が行われています。



 はなまる市の南側には,休日などを中心にイベントが行われるふれあい広場があり,その南には入浴施設の天然温泉めぐみの湯と、足湯ちゃぷーんが設けられています。多様な施設でゆっくりと時間を過ごすのがおすすめです。

あいち健康プラザ [一部有料施設]
知多郡東浦町森岡源吾山1 [公式HP(外部リンク→)]









 JAあぐりタウンげんきの郷から道路をはさんで東側には,あいち健康の森公園が広がっています。天然温泉めぐみの湯のところから東に進んで横断歩道を渡り,そのまま公園内を400mほど進むとあいち健康プラザがあります。あいち健康の森の中核施設であり,平成10年(1998年)にオープンした健康に関する愛知県の総合施設で、健康開発館,健康科学館,健康情報館、健康宿泊館からなります。西口から入って右手に当たる健康開発館では,アスレチックルームやフィットネスルーム、温水プールやジョギングコースなど各種のスポーツ設備が設けられ、CAFEやリザクレーションルームなどの休憩施設も設けられています。健康科学館(有料)では,健康に関する展示を見学することができて健康についての知識が得られます。常設展示では,からだの仕組みについて,健康に生活するための様々な知識について,脳の仕組みについての大きく3つの展示室があり、この他に様々な企画展示や特別展示も行われています。また、ものづくり講座や健康科学に関する講座など,様々なイベントも行われています。また健康情報館では,健康に関する図書などの閲覧や健康情報の検索を行うことができます。左奥の健康宿泊館[公式HP(外部リンク→)]は,140名収容の宿泊施設になっており,一般の日帰り客も利用できるレストランや入浴施設なども設けられています。ウォーキングの中継地点としてゆっくり時間をかけて過ごしたい施設です。

あいち健康の森公園
森岡町9-300 [公式HP(外部リンク→)]



 あいち健康プラザの西口から出るとあいち健康の森公園の広大な敷地が広がっています。あいち健康の森公園は,県立大府運動公園を前身とする県営の都市公園で,平成9年(1997年)に開園しました。51.5haという広大な敷地に様々な設備が設けられています。まずは西口の前を右折して目の前にあるいのちの池を左に見ながら北上しましょう。



 200mほど北上すると左手に池の周囲をめぐる遊歩道が見えてきますので,ここを進んでいきます。右手には遊具も備えられた広場であるさんさん広場が広がり,休日などは子供連れで賑わっています。遊歩道を道なりに大きく曲がった先にある右に入る筋に入って進みます。この両側にはテニスコートが整備されています。ここを抜けると健康遊具などが備わった遊歩道である健康ロードに突き当たるのでここを左折し,進んだ先の右手に進んで蛇ヶ寝池沿いの道を進んでいきます。



 そのまま球技場の前の筋を右に入って北上していき,100mほど進むとふるさとの森があります。ここには北海道から沖縄までの47都道府県の木が植えられ,日本全国の木を見ながら散策できます。









 ふるさとの森から進んだ先には,平成27年(2015年)に開園した薬草園[公式HP(外部リンク→)]があります。薬草の活用を通じて健康への意識の向上を図る目的で設けられたといい,園内には4つのテーマに沿った薬草園やハーブ園,薬草栽培などを体験できる体験薬草農園などが整備されています。研修展示施設では,薬用植物に関する講座や展示企画が行われ,身近に薬草を取り入れた健康を考えられるようなイベントになっているといいます。





 薬草園の南側出口から出て左手に進み,川が流れる生きもの達の谷の前に至ります。ここから右手の上り坂を進んでいくと右手にベビーゴルフ場があり,さらに進んだところには管理棟と体育館があります。公園の地図などが欲しい場合はここで手に入れるといいでしょう。ここから東へ進んでいくと,ラベンダーなどが植えられた香りの小径があります。季節の花を楽しむことができる人気スポットといいます。







 ここからさらに東へ進んで,宝橋で道路を渡っていくと,子供向けの遊具などが充実した子どもの森があります。高台から公園を見渡せる展望台も見どころになっています。広大な公園で自分のお気に入りの場所を見つけ,ゆっくりと時間を過ごしたいものです。

森岡神社
森岡町8-23







 あいち健康の森公園の子どもの森にある展望台から,滑り台の入口の方へ尾根伝いに進み,さらに道なりに進んでいくと森岡神社の境内に至ります。創建は不詳ですが,社伝によると天正5年(1577年)に社殿を修復したという記録がある古社の若宮八幡社があり,当地には神明社があったといいます。明治40年(1907年)に若宮八幡社が火災で焼失したためその2年後に神明社に合祀され,その翌年に森岡神社と改称されたといいます。大正5年(1916年)に学問の神様である境内社であった森岡天神社を,本社に合祀したといい,戦後になって現在の国立長寿医療センターに祀られていた神社を譲り受けて本殿にしたといいます。例祭は10月に行われ,かつては山車が本殿まで上がっていった勇壮な祭りだったといいます。またかつては医療センターの患者が病気平癒を願って奉納したという千羽鶴が数えきれないほどあったといいます。

江端八幡社
月見町5-248





 森岡神社から階段を下って東側から出て,100m強進んで水路を渡った先の突き当りを右折し,その先の止まれ標識のある十字路を左折します。そのまま200m強北上すると国道155号線に合流しますので,ここを200mほど進み,「大日寺西」交差点で道路の北側にわたって再び東に進むと,すぐに江端八幡社があります。創建は不詳ですが,寛文10年(1670年)に屋根の葺き替えが行われた記録があることから,それ以前の創建と考えられています。天文年間(1532〜55)に加藤孫八という人物がこの地に移住し,代々が神主を世襲していることから,天文年間の創建とも考えられています。かつては東の鞍流瀬川沿いにあったといいますが,たびたびの川の氾濫があったため安政3年(1856年)に北に当たるという大峯山の山頂に移転し,その後現在地に移転して,昭和62年(1987年)に区画整理で地下げが行われて現在の形になったといいます。境内社に若宮神社など5社があり,境内東北には役行者を祀るというお堂も設けられています。

大日寺
月見町5-251





 江端八幡社の東に隣接して大日寺(曹洞宗)があります。光明山と号する伝宗院(東浦町)の末寺で,天文年間(1532〜55)に行基菩薩の作という大日如来を収めたお堂を設けたのが始まりといいます。その後,享保3年(1718年)に再建されて明治36年(1903年)に説教所となり,昭和17年(1942年)に大日寺と称するようになったといいます。大府七福神の寿老尊が祀られており,毎年1月に行われている七福神めぐりのイベントの際などは多くの参拝客で賑わいます。寿老尊は長寿の神様として信仰を受けています。

ゴール:JR東海道線・大府駅





 大日寺から国道155号線を東へ300m弱進み,鞍流瀬川の橋の手前で健康の道の案内に従って左折します。この川沿いは緑道として整備され,ベンチなどが設けられています。300mほど進んだ次の車道のある橋のところ右折して200mほど進むと,スタートしたJR大府駅西口に戻ってきます。東海道線の新快速・快速を利用して名古屋駅までは約14〜16分です。1時間に4本程度ありアクセスは便利です。

写真使用数:52

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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