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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県東浦町:緒川西コースOGAWA WEST

2018年12月探訪。2018年12月12日作成

【コース】 距離:約9.4km
 町西部の緒川新田地区と緒川相生地区を訪れます。昔ながらの風景に新しい住宅が入り組む地域で,見どころや文化財などをめぐっていきます。

≪コース≫ 名鉄・八幡新田駅〜八巻古窯跡〜本坪池〜知北平和公園〜東浦知多インター〜鰻池〜あぐり工房〜相生神社〜相生の松〜卯の里コミュニティセンター〜万栄教会〜山神社〜卯の花公園〜唐治屋敷の常夜灯〜名鉄・巽が丘駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:名鉄河和線・八幡新田駅





 スタート駅は名鉄河和線の八幡新田駅で,常滑線の分岐駅の太田川駅からは3駅7分で,名鉄名古屋駅からは30分ほど(太田川駅で特急または急行から乗り換え)の時間を見ておけばいいでしょう。普通列車のみの停車で,本数は1時間に4本程度ですが,土休日の昼間は2本程度になる場合もあるので時刻を確認して利用すると便利です。八幡新田駅は東海市に位置していますが,すぐ東側は大府市と東浦町になり,市町境に位置している駅と言えます。

八巻古窯群
緒川八巻





 八幡新田駅から出て右手に進んで,100mほど進むとバイパスに突き当たります。左折してこのバイパスをまずは進んでいきます。200mほど進んだところで東海市から東浦町に入っていきます。東浦町に入ってから2つ目の筋を左折します。この付近には八巻古窯群があり,昭和36年(1961年)の発掘にて平安時代末から室町時代にかけての古窯跡が3基見つかっています。東浦町の古窯跡は所在の確認されているものだけでも120基以上といい,時代は12〜14世紀の平安時代から鎌倉時代にかけて,山茶碗や小皿などを中心に生産されたといいます。知多半島では12〜16世紀にかけて交通の便が良かったこともあり,主に一般庶民向けの大量の食器などが生産されました。





 400mほど進むと本坪池があります。東海市と東浦町の境がちょうど中央を通るため池で,東海市側には住宅地が広がっていますが,東浦町側はのどかな自然も残されています。

知北平和公園
大府市桜木町5-118 [公式HP(外部リンク→)]



 本坪池から東に進んで続く十字路を左折し,200mほど進んだ左手には東海市の加南ふれあいの森があります。公園の周辺には森も整備され,自然観察のイベントなどもあるようです。





 加南ふれあいの森のところを右に入って東に進むと知北平和公園の入り口があります。東海市と大府市,東浦町のちょうど真ん中に位置する広さ13万平方メートルの墓地公園で,昭和57年(1982年)に完成しました。公園の東側は斎場と墓地になっていますので,公園の西側をめぐるといいでしょう。西側から季節の花も楽しめる花木園を通って公園に入ります。



 入ったところには遊具などが並ぶスクエア広場があり,その北には噴水があります。その北側には大きな芝生広場が広がり,西側には桜並木も整備されています。







 その北には周辺の眺望を楽しめる展望台や彫刻を楽しむことができる彫刻の森などがあります。広く落ち着いた公園をゆっくりと楽しむのもオススメです。





 知北平和公園の東側から出て道路を渡って左手に進み,知多半島道路をくぐってすぐの筋を右折します。そのまま300mほど道なりに進むと右手には知多半島道路の東浦知多インターチェンジがあります。昭和45年(1970年)が開通した当初はここにはインターチェンジはありませんでしたが,周辺の発展に合わせて平成11年(1999年)に新しく設置されました。

鰻池
緒川鰻池



 東浦知多インターチェンジのところから道なりに300mほど進み,突き当りを道なりに左折して,続く突き当りを右折します。さらに県道に突き当たったら左折して県道を400mほど進むと「鰻池」交差点の先に鰻池があります。知多半島に数多く設けられているため池の1つですが,鰻池という名前が魅力的です。鰻池の北の住宅地には鰻池古窯跡という古窯跡が見つかっています。東浦町の土は磨き砂が混じった粘土が多く,水漏れが多いので壺や甕などはあまり生産されなかったといい,鎌倉時代後期には土が枯渇していったので,室町時代後半になると次第に常滑周辺の地区に生産が集約されていったといいます。
 鰻池付近一帯の開発は,明治34年(1901年)に日高度氏により着手されたといいます。フランス式の果樹園方式を取り入れた日高農場が設けられ,明治42年(1909年)までに7ヘクタールの果樹園が完成したといいます。2代の啓夫氏は乳牛を導入して養豚養鶏も取り入れ,この地方の有畜農業の先駆者になったといいます。



 「鰻池」交差点を左折して北上して300mほど進みます。途中,道の左手には新しい住宅街が広がります。進んだ先の左手にはJA知多のあぐり工房があります。学校向けや量販店向けのカット野菜を製造している工場といいます。

相生神社
緒川相生41



 あぐり工房を越えた先200mほど進んだ2つ目の筋を右折して,50mほど先の水路を越えた先の筋を左折し未舗装道路を進みます。そのまま300mほど進んだ突き当りを左折し,道なりに400mほど進んだ「緒川相生」交差点を右折した先に相生神社があります。昭和の初めに恐慌に苦しむ農村対策として県下各地域に入植がはじまり,その一環で相生地区には昭和8年(1933年)に8戸の農家が定着したといい,その際に入海神社を勧請して弥栄神社を創建したといいます。昭和26年(1951年)に膝折地区の人々の合同の鎮守として現在地に移し,相生神社と改称されました。

相生の松
緒川鰻池19-6付近





 相生神社から県道を西へ400mほど進みます。広大な農村の風景を眺めながらのウォーキングとなりますが,車に注意して進みましょう。途中にはかつての街道沿いにあったと思われるお地蔵様が祀られています。



 進んだ先の右手には相生の松があります。尾張の名勝として古くから知られたという夫婦松で,緒川本郷から緒川新田に向かう途中の休憩場所に当たり,小田切春江編著「名区小景」(1847年)には「相生の松は千とせやむすぶらん緒川の水に影をうつして」とあり,相生の地名の由来にもなっています。残念ながら雄松が明治末期に,太平洋戦争中に雌松も枯れてしまったため,昭和27年(1952年)に2代目の松が植えられますが,これも枯れてしまったために,現在は昭和50年(1975年)に有志が植えた3代目になっています。





 相生の松から400mほど県道を西に進むと「鰻池」交差点に戻ってきます。ここを左折してすぐの分岐を右に入って600mほど進みます。途中からは坂道を登り,田園地帯の高台からの風景を楽しむことができます。

卯の里コミュニティセンター
緒川雁狭間山11-8



 「鰻池」交差点から600mほど進むと東浦知多インターから続く道と合流するので,合流して左手に進みます。100mほど進んだところにはいちご狩りが楽しめる春香園[公式HP(外部リンク→)]の入口があります。12月から5月にかけて季節に応じた7種類のいちごの収穫を行うことができるといい(要予約),いちごの直売も行われているといいます。





 春香園の入口から200mほど進んで,巽が丘ハイツのところの分岐を右に入ってハイツの左の道に入り,300mほど進んだ知多半島道路をくぐった先の筋を右折して100mほど進むと左手に卯の里コミュニティセンターがあります。ここ緒川新田地区の住民の文化交流の拠点で,町が指定するウォーキングコースの起終点にもなっています。緒川新田地区は昭和28年にはわずか85戸・495人でしたが,昭和30年(1955年)に名鉄巽ヶ丘駅が開業して住宅地の開発が進み,昭和57年(1982年)から南の名鉄東ヶ丘団地の入居も始まって人口が大幅に増加しました。昭和54年(1979年)には卯の里小学校が開校し,知多市新田小学校に委託されていた児童が新しく通うことになりました。





 卯の里コミュニティセンターから北上して次の筋を左折し,100mほど先の突き当りを右折してさらに2本目の筋を左折します。ここからしばらくは特徴的な桜並木の道が続き,春には桜色に染まります。

山神社
緒川寿久茂46



 緒川新田の桜並木から西に進んだ突き当りのところには万栄教会があります。江戸時代,浄土宗の善導寺の檀徒である万栄庵を創設して阿弥陀如来を祀ったのが始まりといい,明治23年(1890年)に万栄教会と公称したといいます。







 万栄教会の西側には山神社が祀られています。緒川新田西部の唐治屋敷と釜池の両集落の鎮守社で,万治年中(1658〜61)の創建と伝えられています。緒川新田の開発が寛保3年(1743年)なので,それ以前の創建というのが注目点といいます。境内には,この神社の本社とされる瀬戸内海大三島の大山祇社を参拝した際の参拝記念碑があります。



 山神社の南側の入口から西に進んで,続く筋を右折し,50mほど先の筋を右に入ったところには卯の花公園があります。公衆トイレも備えた公園で,ウォーキングの休憩地点としても利用できます。

唐治屋敷の常夜灯
緒川寿久茂65付近



 卯の花公園の北側に出て左手に進み,続く十字路を右折して100m弱進んだ県道に突き当たったところの奥に唐治屋敷の常夜灯があります。元々刈谷市の市原稲荷神社の南入口にあって,港に出入りする船の目印になっていたというこの常夜灯は,明治20年(1887年)に唐治屋敷の者が金25円で買い受けて,村人が総出で運搬と建立を行ったものといいます。村内安全の信仰と夜の照明を兼ねて,住民が交代で献灯奉仕を続け,大正末には電灯に変わったといいます。今は火も消えたままですが,100年以上もこの地区の歴史を見続けてきた常夜灯といいます。

ゴール:名鉄河和線・巽ヶ丘駅





 唐治屋敷の常夜灯から南の県道に戻り,そのまま西へ200mほど名鉄の踏切を渡って進み,「緒川新田」交差点で左折して600mほど南下すると左手にゴールの名鉄巽ヶ丘駅があります。巽ヶ丘駅は急行が停車し,名鉄名古屋駅までは約30分で行くことができます。本数は30分に1本程度なので時刻は確認しておいた方がいいでしょう。普通列車も1時間に4本ほどあり(土休日の一部時間帯は2本),名古屋方面へは太田川駅にて特急などに乗り換えると早く行けます。

[プラスワン] 高根台公園
緒川上高根台21-19





 名鉄巽ヶ丘駅から東へ約1.2km,西部中学校の南東の住宅地の中に高根台公園があります。元々この地には標高83.1mの高根山があり,この付近では最高峰でしたが宅地造成により削り取られて現在の形になりました。享保18年(1733年)には尾張藩主徳川宗春が緒川村に数日間滞在し,高根山の山頂に訪れて名古屋城をも望むことができたことから望城が丘と命名したと伝わっています。嘉永6年(1853年)にペリーが浦賀に来航してから,海防のために知多半島の6か所に烽火(のろし)台を設けたといいます。この高根山の烽火台も跡形もありませんが,烽火台があったことを示す碑が立てられています。





 高根台公園の北東には高根の森公園があります。住宅開発される前のかつての里山の環境を残したという森で,遊歩道が整備されて山頂には芝生広場も設けられているといいます。公園内は春のゾーンや秋の森など季節ごとのゾーンに分けられています。すっかり住宅開発されてしまいましたが,かつての雰囲気を知るうえで貴重な森になっているようです。

写真使用数:40

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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