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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県阿久比町:白沢コースSHIRASAWA

2018年12月探訪。2018年12月14日作成

【コース】 距離:約10.4km
 町北部の白沢・板山・福住地区をめぐります。梅とホタルの町阿久比を堪能でき,知多四国霊場などの社寺や史跡・自然をめぐることができます。

≪コース≫ 名鉄・白沢駅〜北原天満宮〜白沢八幡社〜宝安寺〜英比小学校〜阿久比ふれあいの森〜板山高根湿地〜板山長根古窯〜東雲寺〜熊野神社〜安楽寺〜興昌寺〜縣神社〜あぐりガーデン〜白沢グランド〜白沢ホタル生息地〜名鉄・白沢駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:名鉄河和線・白沢駅



 スタート駅の名鉄白沢駅へは,河和線の乗換駅である太田川駅から普通列車で約11分です。普通列車のみの停車ですが,本数は1時間に4本程度なので,アクセスはそれなりに便利です。名鉄名古屋駅からは約35分になり,太田川駅にて特急などから普通列車に乗り換えるのが速くて便利です。白沢駅は知多鉄道が太田川から成岩まで開業した昭和6年(1931年)に知多白沢駅として開業した歴史ある駅ですが,駅の規模は小さく一部の普通列車が通過していた時期もありました。昭和24年(1949年)に白沢駅に改称され,平成19年(2007年)に駅集中管理システムが導入されて無人化されました。

北原天満宮
白沢天神裏8-1





 白沢駅から出て左手に進み,県道を渡った先の右手に北原天満宮があります。天暦9年(955年)にこの地に左遷され,阿久比の郷を開いたという道真の孫という菅原雅規が,自身の幼少期・英比丸と呼ばれていたころの住居跡に道真を祀って建立したと伝えられています。明治11年(1878年)に付近の5社に続いて白沢八幡社に合祀されました。しかし,村民の間で元の場所で天満宮をお祀りしたいという気持ちが高まり,昭和63年(1988年)に現在地に社殿が設けられました。春には道真が愛したという梅の花が咲き誇ります。梅の花は阿久比町の花にも指定されており,雅規の子孫である久松氏が梅を家紋に用いるなどこの地域にゆかりのあるものになっています。梅の中には久松家・松平家の末裔という味酒家のお手植えのものもあるといいます。境内入って左手には,昭和8年(1933年)の神社が移る前に建てられた「北原天満宮旧御本殿跡」や筆塚などがあります。文化財の北原天神法楽連歌[町文化]は,元禄3年(1690年)に宮津地区の新海淳武が造営遷宮を行ったときに京都北野の連歌師に連歌を呼んでもらい.自分の句も読み込んで奉納したものといいます。

白沢八幡社
白沢北根3



 北原天満宮から西に50mほど進み,川の手前の筋を左折して川沿いに進みます。





 川沿いを約150m進んだ次の橋のところを右折して橋を渡り,100m弱先の3つ目の筋を左折して200mほど進むと右手に白沢八幡社があります。社伝によると養老2年(718年)に白沢村の開祖正保の勧請により創建され,延長5年(927年)に社殿が造営されたといわれる古社といいます。明治8年(1875年)に村内の5社を合祀し,続いて北原八幡宮を合祀しましたが,八幡宮は昭和63年に元の位置に移されました。例大祭は4月第2日曜日に行われるといいます。旧暦正月7日には合祀されている山神社の祭りが行われ,五穀豊穣と無病息災を願って山の神を田の神として迎える素朴で貴重な祭礼といいます。7月第4日曜日に行われる境内社の津島社の祭礼は,「とばしあげ」と呼ばれて阿久比川の堤防にかがり火を焚き,ちょうちん行列で豊作祈願や害虫駆除を行うという立派なものといいます。

宝安寺
白沢東中根23





 白沢八幡社から南に進んで,突き当りを左折して続く筋を右折します。さらに突き当りを左折して続く筋を右折し,100mほど先の突き当りを左折すると左手に宝安寺(曹洞宗)があります。白龍山と号し,寺伝によると永正5年(1508年)に一叟善公和尚による発願で,前ヶ坪と呼ばれる場所に大日堂が建立されたのが始まりといいます。弘治2年(1556年)に火災で焼失したため,4世宝伝和尚のときに現在地に移転して現在の寺号に改称しました。元禄2年(1689年)に現在の伽藍を整えたといいます。最近になって発見されたという円空仏[町文化]は高さ42.5mの木彫りの薬師如来です。知多半島で16体あるうちの1体といい,延宝4年(1676年)頃の名古屋の荒子観音を中心に活躍していた時期の作品といい,目の病気を治す不思議な力を持つとして信仰されています。







 宝安寺から東に進み,県道に突き当たったら横断歩道を渡って右折し,その先の阿久比川沿いの道を左に入って800mほど進みます。途中,県道の下のトンネルをくぐって進んでいきます。川沿いののんびりした道のウォーキングを楽しみましょう。





 道なりに渡った先を左折した先には英比小学校の入口があります。さらに川を左に見ながら東へ100mほど進むと左手に英比音橋があります。通称メロディ橋といい,橋の欄干に「赤とんぼ」「お馬」の楽譜のプレートと音符がデザインされた鉄琴があり,たたくとメロディになるものです。

阿久比町ふれあいの森
板山比沙田78







 英比音橋から川を左に見て東に進み,次のT字路を右折します。道なりに200m強進み,道が細くなる手前の筋を左折して道なりに700mほど進むと左手に阿久比町ふれあいの森があります。平成5年(1993年)にオープンした町民のためのスポーツ・レクレーション施設で,約4万平方メートルの敷地を誇ります。中に入って進むと中央には高さ7mのシンボルモニュメントのからくり時計が立ち,その周辺には芝生広場や親水公園,遊具を備えたわんぱく広場,デイキャンプ場やパターゴルフ場などの充実した施設がそろいます。



 園内にはホタルが飛び交う町を目指す阿久比町の拠点であるホタルの養殖場があり,6月にはホタルの観察会も行われるといいます。もちろん公衆トイレも整備され,ウォーキングの際の休憩地点としても活用できます。

板山高根湿地
板山東高根





 ふれあいの森の入口から東へさらに200mほど進み,突き当りを左折して100m強先の2本目の筋を右折し,上り坂を進んでいきます。道なりに300mほど進んだ先の分岐で,左手の直進方向に進む細い未舗装の筋に入り,道なりに400mほど進みます。この東側には巨大な愛知県の水道貯水施設と高根配水場が設けられています。





 高根配水場の右手にある未舗装の道を下って行って200mほど進んだ右手には板山高根湿地の入口があります。板山高根湿地のある場所は,昭和40年代には果樹園などが設けられていましたが,その後休耕地となりました。その後,貧栄養性の土壌や南側斜面ということ,地下から弱酸性の湧水があったことなどから特有の環境となり,モウセンゴケや絶滅危惧種のシラタマホシクサが育つ環境が生まれ,周辺に昆虫や鳥も訪れる豊かな環境の湿地となりました。湿地の保全はボランティアにより行われており,年2回ほど湿地の公開日が設けられています。





 板山高根湿地の入口から道なりに進んでいくと右手に上長根池が見えてきます。池の北側には田園も広がり,豊かな自然を感じながら歩くことができます。

板山長根古窯
板山長根





 上長根池を右に見ながら進んで道なりに東へ進み,突き当りを左折して道なりに100mほど進み,畑の間を登って半田北部グランドのテニスコートの右手に入っていきます。テニスコートの奥に進んだところには板山長根古窯[県史跡]があります。昭和53年(1978年)に発掘調査が行われた12世紀後半の窯跡で,3基の窯跡が残されてそのうち1基が公開されています。知多半島には多くの古窯が残され,皿や茶わんなどの主に一般庶民が用いる陶器が生産されたといい,水運を利用して全国各地に運ばれたといいます。この時期に生産された知多半島の陶器は,のちの常滑焼と比較して古常滑と呼ばれています。室町時代になると土の量の関係などから現在の常滑付近に生産地が集中するようになり,現在の常滑焼の元ができあがったといいます。多くの窯が設けられた知多半島ですが,多くは開発などによって破壊され,きちんとした形で残っている古窯は少ないことから貴重な遺跡といいます。2号窯は山茶碗がつまったままの貴重な状態を見学できるといいます。正式な見学は,教育委員会の方に申し込みが必要といいます。



 板山長根古窯に進んでいった道路のところに戻り,東へさらに200mほど進んで左折して300mほどそのまま進み,広い県道に突き当たったら左折して,すぐの筋を左に入ります。200mほど進んだ次の十字路を左に入ったところにはトマトハウス団地があります。昭和58年(1983年)に新農業構造改善事業により開拓されたといい,自動温度調節機能を備えたハウスによって寒い時期でもよく育つようになっているといいます。

東雲寺
板山川向111





 トマトハウス団地の北側の十字路に戻って,再び西に800mほど進みます。途中からは水路沿いの道になっています。県道に合流したら,そのまま県道を西へ100mほど進み,「阿久比板山」交差点を右折して,続く筋を左折して100mほど進むと左手に東雲寺(曹洞宗)があります。恵日山と号し,寺伝によると文化8年(1811年)に山本善助が開基し,亡き妻をまつって弥陀堂としたのが始まりといいます。その後無住となりますが,海西郡(現在の海部郡)から尼僧を迎えて再興し,明治36年(1903年)に三重県鳥羽から東雲庵の寺号をうけて,常安寺(鳥羽市)の末寺として本尊の十一面観音菩薩を安置したといい,平成4年(1992年)に本堂や庫裏が建立されたといいます。

熊野神社
板山川向38





 東雲寺から「阿久比板山」交差点に戻り,そのまま県道を渡って南に100mほど道なりに進むと右手の橋を渡った先に熊野神社があります。建武年間(1334〜1338頃)に楠木正成の家臣沢田氏が修験者となり,当地で紀州の熊野大権現を祀ったのが始まりといいます。宝物に楠木正成の「甲割の宝剣」と呼ばれるものがあるといいますが,詳しいことはわかっていないといいます。また,江戸時代の祭礼の際に使われたという獅子頭が残されているといいます。境内奥の丘には酒造りの神様「松尾皇大神」の碑があり,酒造りの職人から信仰を受けていたといいます。この地区から杜氏(酒造りの職人)が多数出稼ぎに行っていたことを示すものといいます。また社標は熱田神宮宮司の角田忠行の書であり,幕末の志士の一人で島崎藤村の小説『夜明け前』にも登場するといいます。

安楽寺(知多四国13番)
板山川向21







 熊野神社から川沿いに西に100mほど進むと右手に安楽寺(曹洞宗)があります。板嶺山と号し,文禄2年(1593年)に洞雲院(坂部)の洞雲院2世久山昌察大和尚を開山として創建され,慶安元年(1648年)に現在地に移転したといいます。さらに文化6年(1809年)に8世玉峯層山和尚により再建され,大正10年(1921年)には山本七郎右衛門による発願で伽藍が整備されたといい,現在の堂宇が昭和40〜50年代に整備され,平成17年(2005年)に山門も落慶したといいます。本尊は珍しい無量寿如来といい,本堂に西隣の観音堂には行基作という木像聖観世音菩薩が祀られ,9年に1度御開帳されているといいます。地蔵堂には天白地蔵が祀られ,耳の遠い人が穴の開いた柄杓を供えて祈願するとよく聞こえるようになるという言い伝えがあります。また,本堂の向かいの経蔵には大正新修大蔵経が納められているといいます。

興昌寺(知多四国14番)
福住東脇10







 安楽寺から福山川沿いに西に500mほど進むと右手に興昌寺(曹洞宗)があります。円通山と号し,永禄3年(1560年)に桶狭間の戦いで敗れた今川家の家臣・岡戸祢宜左衛門がこの福住に住み,乾坤院(現,東浦町緒川)4世の亨隠慶泉和尚を迎えて開山といいます。明和元年(1764年)の復興後から残る茅葺の本堂がありましたが,昭和35年(1960年)に火災で焼失し,現在は瓦葺になっています。本尊は京都の仏師竹内右門の名作という華厳釈迦牟尼仏です。また敷地内には福住出身で,尾張藩校明倫堂の最後の教授だったという大村福三郎楚山の墓があるといいます。



 山門左手には,知多四国開創の3開山の1人で,この地に生まれた岡戸半蔵を祀る行者堂があります。半蔵行者の死後,村内の阿弥陀堂に木像を安置して祀っていましたが,昭和30年代の道路拡張で取り壊されることになったため,現在地に移して祀っているものといいます。岡戸半蔵は,妙楽寺(知多市)の亮山和尚と讃岐出身の武田安兵衛との3人で知多の寺院をめぐって知多四国88ヶ所を苦心して開創しました。知多半島を信仰の地にした偉人に思いを馳せてお参りするといいでしょう。

縣神社
福住東脇83





 興昌寺の前の川沿いの道から右手に分かれる道に入り,100m強進んだ次の筋を右折した先には縣神社があります。神社の記録によると明暦4年(1658年)に二ノ宮大明神が設けられ,福住の氏神として祀られたといいます。明治12年(1879年)に神社名が「縣神社」と改められ,明治44年(1911年)に福住荒古にあったという若宮八幡社が合祀されたといいます。現在の社殿は平成2年(1989年)に設けられたものといいます。社宝には桶狭間の戦いの後にこの地の住人になったという岡戸祢宜左衛門が所有していたという氏神面「翁の面」があり,干ばつが多かったこの地方の雨乞いの神事に用いられていたといいます。祭礼は10月の第1日曜日で,昭和59年(1984年)から境内社津島社の津島まつりが復活したことから,祭礼の前日にもちょうちん行列も行われるようになったといいます。

あぐりガーデン
板山西菱池86 [公式HP(外部リンク→)]







 縣神社の南のT字路に戻って,右折して西に進みます。次の筋を左折して,県道をそのまま北上して300m弱進み,「福住」交差点を右折して300mほど進んだ左手にあぐりガーデンがあります。農産物の直売所のほか,バーベキュー場を備えた手作りハム工房コボルト,ハーブ園,蜂蜜の直売所やいちご狩り農園などを併設した総合施設で,パークゴルフ場も併設されており時間をかけて楽しむことができます。最近も新しい施設がオープンするなど,今話題になっている名所といいます。

白沢グランド
白沢大池1-3



 あぐりガーデンから「福住」交差点に戻り,右折してさらに600mほど北上し,道なりに上り坂を進んで大きく右に曲がった先の筋を左折します。この付近は左手がのどかな田園風景になっていますが,この先は新しい住宅街になっています。



 左折したすぐ先の十字路を左に進むと高台の道になり,住宅地や農村風景を楽しめる道になります。





 この道を道なりに400mほど進んで道なりに左に曲がった先の筋を左折すると,200mほど先に白沢グランドがあります。グランドと多目的広場,テニスコートを備えた施設で,スポーツを楽しむ子供の歓声がいつも響いています。





 白沢グランドの西側をぐるりと回り込んで,次の筋を右折して池を左手に見ながら下っていきます。次の筋を右手に進んで道なりに知多半島道路をくぐる道を進むと,知多半島道路をくぐる手前の左手に白沢ホタルの里の入口があります。ヘイケボタルの養殖が行われている施設で,夏の一定期間にホタルを楽しむことができるといいます。阿久比町はホタルが飛び交う住みよい環境を目指しており,ほたるの里を目指す市町村で構成される「ほたるサミット」にも参加しています。

ゴール:名鉄河和線・白沢駅





 白沢ホタルの里の入口から知多半島道路をくぐって,100m強先の細い筋を右折します。200m弱進んだ次の筋を左折するとスタートした白沢駅に戻ってきます。河和線の普通列車に乗車して戻ることができ,大田川駅まで約12分,名古屋方面へは太田川駅で特急などに乗り換えて約35〜40分です。本数は1時間に4本程度ですが,土休日の一部時間帯は1時間に2本になります。時刻は調べておいた方がよいでしょう。

写真使用数:50

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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