船橋大神宮奉納相撲大会
 10月20日 船橋市 船橋大神宮相撲場


毎年10月20日に船橋市の船橋大神宮(意富比おおひ神社)で奉納相撲が開催されています。

船橋市恒例相撲委員会が発行している奉納相撲小冊子の記述では

天正十八年の或る日、徳川家康公が鷹狩に行かれる途中立ち寄られて
持て成すために行われた漁師の子供達の相撲を御覧になり大変喜ばれて、
これを信仰厚かった当船橋大神宮に奉納されたのが始まりとされております。

とされていますが、船橋御殿御由緒写(千葉市花見川区幕張町・中須賀武文家文書)に

(前略)時に天正十九辛卯年、関東入国なさしめ玉ひ、初て船橋へ成され候節、
当宮(意富比神社)は関東の惣社にして、然も江府御居城御守の神社なりにより、
御参宮遊ばされ、則時(そのとき)の神官富中務太輔宅を勿体なきも御旅館の
御殿に遊ばされ(以下略)

という記述があり、徳川家康が初めて船橋を訪れたのは天正19年(1591)であり、その際
意富比神社(船橋大神宮)の神官富中務大輔基重の邸宅を仮の御殿にしたということになり
奉納相撲小冊子の記述とは食い違いがあるようです。
また、明治26年5月に製版された俯瞰図に記された由緒略記にも

天正十九年九月徳川家康参詣在テ同十一月朱印ヲ賜ハル

という記述があり、徳川家康が子供達の相撲を見たのは意富比神社が50石の社領を与えられた
天正19年(1591)の可能性が高いように思われます。
大量にあったとされている船橋大神宮文書は幕末の船橋戦争でほとんど焼失してしまったようで
江戸時代の奉納相撲の様子は文献で確認することは非常に難しいようですが、いずれにしても
その後の勧進元が徳川幕府であったことからも、徳川家康の意向が強く働いていることは確かな
ようです。

昭和40年代までは小中学校対抗の取り組みもありましたが、校長会の決議により廃止されました。
その後、氏子青年会により昭和53年に子供達の相撲大会が再開されましたが、平日になることも
ある10月20日ではなく、直近の日曜日に行われるようになりました。


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