日本における他界
考察
他界
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日本における他界
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怪物

シャーマニズム
真間手児名
 それでは、この章の最後に日本における他界について見ていこうと思う。
まずは、『古事記』における三層の縦の宇宙というものを見ていこう。
神が住む、空のどこかにある上層の領域、
死者の行く末である、暗く穢れた下層の世界、
その中間にある人間の世界という三層構造になっている。
神が住む領域は、高天原と呼ばれている。
ここは、肉体を持たない神の住む所であるが、
極めて物質的な世界にも見える。
水田や瓦葺きの家が存在し、それらをスサノオノミコトが
荒らしたり、穢したりしたという。
また、下界から矢で射通すこともできる土の床も存在する。
怒り狂った天照大神が、そこで足を踏み鳴らしたという。
下界へ降りるためには、天の浮橋を使うというが、
その入り口は岩戸にあるなどといわれ、明確な描写は為されていない。
高天原に対する下層の世界は、黄泉と呼ばれている。
こちらについての描写は、著しく少ない。
暗く、不潔で、無秩序な世界。
入り口は、石で閉じる事ができる。
この黄泉の世界に足を踏み入れたイザナギノミコトによれば、
「恐ろしく汚いところ」だという。
 次に、古代の神話による他界に変わって、
日本人の信仰の中にある他界について見ていこうと思う。
これらは、折口信夫による、日本人の最古の宇宙論だという事である。
日本人の思想において、他界は海の彼方にあった。
そこは、常世と呼ばれる不思議な国である。
この不思議な国から、ある定まった季節―新年や収穫期―に
「まれびと」と呼ばれる超自然的客人が、舟に乗って海岸へやってくる。
彼らは、恵みをもたらす客人で、神格化された死者であるといわれている。
このことについて、八重山とその近辺の島々では、
「マヤノカミ」と呼ばれる、仮面や木の葉の被り物で顔を隠したものたちが、
一年のある定まった季節に舟に乗って現れる
という形で残っていたという。
彼らは、はるか彼方の海上にあるニライという国からくる神々である
と信じられていたという。
こういった客人たちは、警告や予言、恩恵を与え、
踊り、歌って去っていくという。
 不思議な国からの客人という形とは違い、
こちらから不思議な国へ行くという形の信仰も少なくない。
こういった場合、不思議な世界への入り口は、
池や淵などの水中への入り口でもあることが多い。
水場が近くになければ、その入り口は洞穴や古い墓となる。
こういった他界への入り口には、番人がいると考えられ、
水っぽい場所ならば蛇、乾いた場所ならば狐であることが多いようである。
日本人が、遠い彼方でなく、ごく近場にある他界を想像する時、
それは水平面上ではなく、下方にあると考えられていたようだ。
海の彼方と地下に存在する他界、
「日本人とケルト人には共通するところがある。」
などということをかつて聞いたような気はするが…。
もっとも、日本もケルト人が多く住む、アイルランドも島国なのだから、
考えが似ていても決して不思議ではないが…。
ただ、日本人の場合には、山に他界を想像するという考えも存在する。
時代の変化によって、臨海から内陸へと移り住んだ人々は、
高くそびえる山々に神や死者の世界を感じるようになったというのである。
山に造られた遺跡やそういった遺跡から発掘される
剣や鏡、勾玉といったものは、天上に住む神を誘うものなのだという。
山の頂上に住むようになった神は、ある季節には、
麓の儀礼的呼び出しに答えて、山に造られた祭壇まで降りてくる
とされている。
シャーマンが呼び出す神や死者の住む他界もこういった
山の他界だといわれている。
 それでは、最後に地獄についてみておこう。
地獄というものに対する思想は、
どうやらチグリス・ユーフラテス川流域のシュメール族から
仏教の母国インドに入り、釈迦の生きた時代には、
すでに民衆の頭の中に溶け込んでいたという。
釈迦は自ら地獄を説いたりはしなかったが、
仏教という自分が見出した教えを人々に広めるために
すでに広く知られていた地獄を利用した、利用せざるを得なかった。
彼が生きた時代は、悪人が得をし、
善人が損をするような時代だったのである。
現実において、悪人が己の犯した罪の報いを受ける
などということは有り得なかった。
それが現実であったから、釈迦は、
死後に生前犯した罪の報いを受ける世界の存在を
利用しないわけにはいかなかったのである。
その後、釈迦の名で書かれた、
彼の弟子たちの教説が中国を経由して日本に入ってきた。
その中で、地獄という他界を使ったのは、
天台宗であるということである。
そして、さらにそこから浄土宗が生まれる事となり、
地獄と極楽浄土という二つの相反する他界が登場する事となるのである。
それでは、地獄や浄土について見ていこう。
 天台宗によれば、世界は十界からなり、
そのうち我々が住む世界は六界で、これを六道といい、
残りの四界は悟りの世界である。
我々が住む六界は迷いと苦しみの世界である。
その六界
―すなわち、地獄、餓鬼道、畜生界、阿修羅界、人間界、天界―
を順に見ていこう。
地獄は純粋な苦の世界である。
ここにおいて、殺された人間はすぐに生き返り、また殺されるのである。
永遠に恐怖と苦痛から逃れられない世界である。
ここには、
等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焦熱地獄、
大焦熱地獄、阿鼻地獄という八つの地獄があり、
罪の重い者は、より苦しい地獄へと落とされるのである。
欲張りで嫉妬深い人間が落ちるのは、餓鬼道である。
ここは、欲求不満な人間の住処で、貪の世界である。
畜生界は痴の世界である。
暗く、おろかで不安に満ちている。
この世界の全ての者が、お互いに危害を加えるため、
昼夜、恐怖心に悩まされ続けるのである。
阿修羅界は陽気な争いの世界で、また怒りの世界でもある。
人間界は、不浄の相、苦の相、無常の相という
三つの相に支配された世界である。
天界は感覚的喜びに満ちた世界である。
しかし、ここはやがて去らねばならない世界であり、
ここで味わった喜びが、強ければ強いほど苦しみが深い世界である。
これらのうち、畜生界と人間界が実在の世界である。
そして、極楽浄土は仏の世界で、
感覚的喜びと精神的楽しさに満ちた、苦悩のない世界である。
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